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次の日。ジョセフは女神の杵亭で最も上等なスイートルームで惰眠を貪っていた。最初に入った部屋とは広さも大きく違うし、ベッドにしたって天蓋付である。そして非常に大きい。二人寝てもまだスペースが余るキングサイズだった。 しかしその大きなベッドで眠るのはルイズ一人だけで、ジョセフはリビングのソファで毛布に包まって波紋呼吸の寝息を立てていた。ソファとは言っても2m足らずの背丈があるジョセフが足を伸ばして眠れるような代物で、普通のベッドと比べても遜色のない寝床である。 昨日の夜に、意訳すれば「子爵殿はまさか婚約者を粗末な部屋で寝かせて自分が豪華な部屋で寝るつもりじゃあありませんよなァ~~~~~~?」という論調でとても紳士的に交渉した結果、この夜のスイートルームにはルイズ主従が宿泊することになった。 だが広いとは言え、ベッドが一つしかない室内を見たジョセフの怒りがルイズに見えないように再び生み出されたのは言うまでもない。 そんな紆余曲折はあったものの、いつもより柔らかい寝床でたっぷりと惰眠を貪ったジョセフは、いつものようにルイズよりずっと早起きしてしまい、暇を持て余していた。 仕事は宿の使用人がするし、暇を潰そうにも本は読めないし何もすることがない。散歩に行こうかとも思ったが、自分がいない間にあのキザ子爵が来るかもしれないし、何よりいつ新たな刺客が来るとも判らない。 ということで、静かな室内で何もすることなくソファに寝転がるしか出来ないジョセフだった。元々落ち着きのない性格で、動いていなければ時間を過ごすことのできない性格である。 已む無く、せめてもの時間潰しにルイズが起きるまで転寝を繰り返していた。 何度目かに転寝から覚醒したその時、扉がこんこんとノックされた。 「はァい、どちらさんですかな」 ソファから起き上がり、扉は開けないまま声を投げる。 「私だ、ワルドだ」 ヨダレ垂らしてる牛を見た時のような顔をしながら、それでも無視する訳にも行かずイヤイヤ立ち上がってドアを開けに向かう。 「主人はまだ寝てるんですがの、子爵殿」 ドアを開ければ、ジョセフとワルドは同じ高さの視線を交えることになる。 「おはよう、使い魔君」 言葉の裏に短刀を潜めた言葉を交わしあいながらも、互いの表情は穏やかなものだった。 「おはようございます。わしの記憶が確かなら出発は明日の朝のはずでしたなァ。こんなに朝早くにレディの部屋に忍んで来るとは、あまり感心できませんな」 ジョセフの皮肉たっぷりの言葉にも、ワルドはにこやかに笑みを返した。 「君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろ?」 「……は?」 訝しげにワルドをねめつけるジョセフに、ワルドは取り繕うように言葉を重ねる。 「その、あれだ。フーケの一件で僕は君に興味を抱いたんだ。グリフォンの上でルイズに聞いたが、君は異世界からやってきたそうだね。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だとも聞いたよ」 「はぁ」 ジョセフは「何が何だか判らない」という顔をしているが、内心では(こぉのバカ子爵ッ! こいつぁなんと頭脳がマヌケなんじゃッ!)と呆れ返っていた。 「僕は歴史に興味があってね。フーケを尋問した時に、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』に辿り着いた」 ワルドの言葉を聞いているように頷きながらも、ジョセフの頭脳は「主人ですら知らない事をコイツはどこから知ったのか」の推測を進めていた。 手袋に隠れている使い魔のルーンを見たのはコルベールとオスマンのみ。 自分がガンダールヴだと言う事を知っているのは、自分を含めてもその三人。フーケが自分の戦いぶりを見ていたとして……ハーミットパープルももしやすればバレているかもしれない。だが遠目に見えたあれがどんな能力を持つかは正確に判らないはず。 『先住魔法』と誤解されるか、それとも『ガンダールヴ』の能力の一片と考えるか。 少なくとも向こうはこちらをただの老いぼれとは考えていない、と見るべきだ。 だが他の可能性も考えてもいいかもしれない。『ガンダールヴの情報はフーケ経由ではない』という可能性と、『フーケとフーケ以外から情報を得てきた』ということだ。 ガンダールヴの主人は虚無の使い手であろう、とはオスマンの言である。あの爆発魔法を虚無の使い手の片鱗だと見た、か? ルイズを虚無の使い手と仮定すれば、ゴーレムと立ち回れる自分をガンダールヴと呼べる、か。 (――苦しいがないとも言い切れん。情報がどうにも少ないッ) 言える事は、向こうはどこからかガンダールヴの情報を得ていること。それとどんなマヌケでも判る嘘を漏らす締りの悪い口と、ミスの一つも誤魔化せない大マヌケだということだ。ジョースター不動産ではバイトすら出来まい。 ジョセフの中で、警戒レベルが再び上がる。今度は少し、警戒を強めに。 「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 先程のワルドの言葉から、この言葉が終わるまで数秒足らず。この間にジョセフの頭は現時点での情報判断を終えていた。 「手合わせ?」 「早い話が、これだよ」 ワルドは腰に差した魔法の杖を指し示した。 「殴り合いかね」 ジョセフは鼻白みながら、ハン、と息を吐いた。 「その通り」 ワルドは不敵にジョセフを見るが、あからさまな温度差が二人の間に生まれていた。 「どうでもいいんじゃが、喧嘩吹っかけるならもうちょっと相手見てからにせんとなァ。お互いになーんもメリットがない。わしはんなメンドーくさい事なんかやる気もないし、そっちは勝っても自慢出来んし負けたら魔法衛士なんぞ引退モノじゃろうに」 手の内を見せたくないと言うのも大きな理由だが、最大の理由は「めんどくせェ」の一言に尽きる。別に誰かが侮辱されたわけでもないし、得るものもない。 「おや、君は僕の挑戦を受けてはくれないのか?」 「受ける理由がどこにあるっつーんじゃ」 と、有無を言わさずドアを閉めようとしたジョセフから、ワルドの視線が外れた。 「ああおはよう、僕のルイズ」 ワルドの声にジョセフが後ろを振り向くと、そこには寝ぼけ眼を擦るルイズが立っていた。 「……ワルド? どうしたの、こんな時間に……」 「ああ、これはよかった! ルイズ、実は君の使い魔に手合わせを頼んでいたのだが。どうにも御老人の興を誘うことが出来なくてね」 ジョセフ本人の了承を得られないなら、次はルイズから攻め込もうとする。 「もう、そんなバカなことはやめてワルド! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょう? ケガなんかしたらどうするの!」 「そうだね。でも、貴族と言う人種は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるといてもたってもいられなくなるのさ」 ワルドの言葉に、もう、と困った顔をしたルイズは、ジョセフを見上げた。 「ワルドったら本当に困った人だわ。ジョジョ、そんなの受けなくてもいいのよ」 しかしジョセフは顎ひげを親指の腹で撫ぜると、ワルドを見やった。 「いいじゃろ。どこでやるんじゃ?」 その言葉に、ルイズは大きく目を見開いて息を呑み、ワルドは満足げに頷いた。 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだ。中庭に練兵場がある、そこに来てもらおう。ルイズ、君には介添え人になってもらいたい」 「ちょっと! いきなり何を言い出してるの!? やめなさい、これは命令よ!?」 突然の展開に慌ててジョセフの服の裾をつかむルイズだが、ジョセフは主人の頭を軽く撫ぜるだけだった。 「あー、ちょっとした遊びじゃよ遊び。なぁに、ケガはせんように気をつける」 「そういう問題じゃないわ! 二人とも大人なんだからやっていいこととそうでないことの区別くらいつくでしょ!?」 本気ではないとは言え、自分の婚約者と使い魔が戦うのを見て無邪気に喜べる性格ではないルイズである。 ルイズが一生懸命二人を翻意させようとするが、二人揃って考えを改める様子は見られない。ややあって、溜息をつくと二人に言った。 「……判ったわ。服を着るから、先に行ってて」 説得を諦めたルイズは、肩を落としながら着替える為に寝室に戻った。 ジョセフとワルドは、今ではただの物置き場でしかない練兵場にやってきた。ワルドがかつてこの砦が誇った栄華について朗々と語っているが、ジョセフにとっちゃどうでもいい事でしかない。 ワルドの話よりも、ここがどんな場所で何があるか。それを確認する為に、帽子で隠した視線は物置き場を眺めていく。 自分とワルドの距離はおおよそ二十歩ほど。周囲には樽や空き箱が積まれ、石で出来た旗立台はかつて旗が立てられたのがいつか判らないほど苔むしている。 (ろくすっぽトラップは仕掛けられんなァ。身一つでどーにかせにゃならんか) 腰に差したデルフリンガーの柄を握れば、義手に刻まれたルーンが光る。 小気味良い金属音が物置き場に響いた直後、ルイズが憂鬱な面持ちで歩いてきた。 「では、介添え人も来た事だし始めるか」 ワルドは腰から杖を引き抜くと、フェンシングの構えのように前方へ突き出す。 (いかんなァ。既に得物の時点で不利じゃわいッ) 両手剣のデルフリンガーと、片手で取り回しが聞くフルーレのような杖。これが全身鎧に身を固めているなら兎も角、ただ布の服しか着ていないとなれば重要視されるのは威力よりも手数と速度。それに関してどちらが適しているかと言えば、答えはとっくに出ている。 しかも向こうには風の魔法もある。それと互角に戦おうと思えばハーミットパープルも使うことを念頭に置かなければならないが、ジョセフに使う気はこれっぽっちもない。 ガンダールヴの能力とデルフリンガーと波紋でどうにか賄わなければならないのだ。 「ま、お互いケガしても恨みっこナシッつーことで頼むぞ」 「構わん、全力で来るといい」 薄く笑うワルド目掛け、ジョセフは大上段に剣を掲げた。 「行くぞォッ!!!」 気合一閃、羽根のように軽い両脚で地面を蹴ってワルドに躍り掛かる。 (昔読んだサムライコミックに描いてあったッ! サツマジゲンリューを試すッ!) ジョセフが言っているのは、剣客マンガではオーソドックスな薩摩示現流である。 示現流の思想は実に単純にして明快、『剣を大きく振りかぶって相手を叩き斬る』ことだけをひたすらに追求した剣術である。 その為、示現流は『一の太刀を疑わず』『二の太刀要らず』とも言われ、髪の毛一本でも素早く剣を振り下ろせというほど一撃に勝負の全てを賭ける鋭い一撃を特徴とする――とは、そのコミックに書いてあった説明文だ。 無論、デルフリンガーは錆びたりと言えども重々しい金属で形成されている。ガンダールヴで強化された身体能力で頭を狙えば、大怪我で済めば御の字といったところだろう。 しかしワルドは杖で初太刀を受け止め……思わず歯を食いしばりながらも、辛うじて剣の動きを殺した。 かつて幕末の時代、示現流を修めた薩摩藩士に殺害された者は、『敵の刀を受け止めた、自分の刀の峰』で頭を叩き割られた者が多かったという。聞きかじりの鈍ら剣術とは言え、それを受け止めて見せたのはワルドの実力を如実に示すものであった。 細身の杖だというのに、渾身の斬撃を受け止めても傷の付いた様子も見られない。 ワルドは素早く背後へ飛びずさると、剣を振り下ろした直後のジョセフに、風を断ち切りながらの鋭い突きを繰り出した。 ジョセフはワルドの突きを剣を振り上げることで払うと、再びマントを翻らせながら優雅に飛びずさったワルドへと駆け込み、間合いを離す事を許さなかった。 「なんでえ、あいつ魔法を使わないのか?」 デルフリンガーの楽しげな声は、他人事のように戦いを観戦している観客のそれだった。 「遊んでくれてるんじゃろなァ」 くく、とジョセフは笑った。デルフリンガーと波紋で強化したジョセフの肉体は、魔法衛士隊の隊長であるワルドと比べて遜色ないどころか、やや押している節さえ見られる。 肉体のポテンシャルだけで言えば、ジョセフとワルドの違いは年齢を重ねているかいないか、というレベルでしかない。筋肉の付き方からしてジョセフは若者と引けを取らないのだ。 それに加え、治安の宜しくないニューヨークで仕事をする以上、護身術も習ってはいる。ジョセフはちょくちょくサボってたので殆ど身に付いていないのは御愛嬌だ。 とは言え。実戦に長けたワルドに不意打ちじみた初太刀が凌がれた今、ジョセフはチ、と内心で舌打ちした。 (アレで頭カチ割るつもりだったが予定が狂ったッ。まさか両手の唐竹割りが片手の杖で防がれるとは思いもせんかったわいッ) 予定としては、ジョセフが振り下ろした剣をルイズに余裕を見せ付けるために杖で受け止めてみせるか、紙一重で避けるかするだろうと思っていた。予想外の威力と速度を持った一撃ならば、ワルドがどう動くにせよこれで勝てると踏んでいたのは確かである。 これで決まらなかった以上、後は互いの実力が勝負を決める鍵となる――が。 今の数秒程度の切り結びで、ジョセフはワルドの実力を悟らざるを得なかった。 (そりゃー女王陛下御付の魔法衛士隊の隊長サマじゃもんなッ。そう簡単に負けたりしちゃくれんだろうがッ!) 「魔法衛士隊のメイジが、ただ魔法を唱えることだけと思ってもらっては困る」 ワルドは素早い突きを連続で繰り出すことで、ジョセフの動きを牽制しながら言う。 「詠唱さえ戦いに特化している。杖を構える仕草、突き出す動作! 杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 「なるほど、そのつまらん御託も魔法の詠唱かね」 ちょっとした嘲笑を振り掛けた言葉と共に、ジョセフは凄まじい勢いで剣を縦横無尽に振り回す。長尺の剣であるデルフリンガーと言えども、両手で持って回す以上はややリーチに制限がかかる。 不意を取られた初太刀こそ辛うじて受け流したに過ぎないが、ワルドは既にジョセフの斬撃の間合いを見切っていた。 「君は確かに素早いし力強い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 軽やかなステップでかわし、杖で受け流す動きには無駄の一つもない。 「しかし、隙だらけだ。速く重いだけで技術はない。それでは本物のメイジには――勝てないッッッ」 そう言いつつジョセフの突きをかわしながら懐に入り込み、剣を落とさせようと持ち手目掛けて鮮やかな突きを繰り出す。 「むうッ!!」 腕を伸ばし切ったジョセフの手は、杖を避けるには少なすぎる小さな動きしか出来ない。波紋を使えばあの突きでさえ弾けるだろうが、出来ればあまり手の内を見せたくない…… (ならばッ!) 左手を柄から離し、襲い来る切っ先目掛けて裏拳を叩き込むッ! 突如物置き場に響き渡る、澄んだ金属音ッ! 「なっ!?」 何度も貫いた肉の感触ではなく、ゴーレムを打ち据えた時の様な感触に、さしものワルドと言えども一瞬虚を突かれる。 「わしをその辺のヘボメイジと一緒にするなよワルド」 その言葉が終わった瞬間には、ジョセフの爪先がワルドの向う脛を強かに打ち据えていた。 「ッ!!?」 「とっくの昔に義腕じゃよ」 と、痛みに歯を食いしばるワルドからバックステップで距離を取り、破れた手袋を投げ捨てて鉄製の義手を見せ付ける。 ただ漫然と義手を差し出しただけでは、ワルドの杖は義手を打ち砕いていたかもしれない。だがガンダールヴの紋章を刻印された義手の『波紋さえ留まる』という特性を生かし、反発する波紋で義手を守り、義手で受けたということで波紋を用いたという証拠をも消したのだ。 「お前は確かに強い。ただのメイジたぁ思えない。さすがは魔法衛士隊の隊長じゃな。じゃが余りにもマヌケだ。強いだけで、オツムはナメクジ程度だ。それじゃ決闘ゴッコは出来ても本物の戦いは出来んな」 先程言われたセリフを適当に改変し、楽しそうに笑ってみせる。 「そうそう、あの後で多分お前はこう言おうとしてたんじゃないかな? 『つまり、君ではルイズを守れない』とな! そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう! 『え、お前それでルイズにカッコいいところ見せようって思ってたの?』となッ!」 くっくっく、と押し殺した笑い声をわざと聞かせ、帽子のつばを指で押し上げる。 ワルドはバネが弾ける様にジョセフへ飛び掛り、怒りを込めた速度で杖を突き出していく。 だが怒りで濁った突きは、速度や威力こそ速いが、凌げないほどではない。だが攻め返すにしても攻め入る隙を用意に見つけられないのは、正直なところだった。 剣で受け流し、間合いを取り、耐えるのがやっとという状態だ。 「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……!」 閃光のような突きを雨霰と降り注ぎながら、ワルドは低く呟いていた。 怒りに塗れながらも、それでも突きに一定のリズムと動きを持たせていた。 (くそッ、実力だけは大したモンじゃ! 杖で攻撃しながら同時に魔法詠唱することで、相手の動きを止めながらこんな距離での魔法の完成を可能にしておるッ!) 「相棒! こいつぁいけねえ! 魔法が来るぜ!」 「判ってる! 判ってるんじゃッ!」 デルフリンガーの叫びに、ジョセフが血相を変えて叫び返す。頭で理解するのと解決策を用意するのとはまた別次元の話だ。 そして魔法が完成し――空気で形成された不可視の巨大なハンマーが、横殴りにジョセフを吹き飛ばす。十メイル先で積み上げられた樽目掛けて、ジョセフが吹き飛ばされる! (このクソ老いぼれがッッッ!!!) 勝利を確信したワルドは、屈辱を晴らした笑みを見せた。 ジョセフの言った通りだった。ワルドは、この時点で。本物の戦いが出来ないことを自ら証明したのだ。 樽にジョセフが激突する瞬間、ジョセフは素早く爪先を差し出し、樽を蹴り付けッ! その蹴り付けた爪先からッ! 大量の反発する波紋を流すッ!! 樽は100キロ弱もあるジョセフを受け止め、かつ飛び来る速度を相殺した挙句、ジョセフにとんでもない推進力を提供させられることになる。哀れな樽は波紋で膨れ上がった内部の空気に耐え切れず、爆音と共に破裂したッ! 空気のハンマーで吹き飛ばされた時よりも遥かに速い踏み込みを以って、地面を低く這うようにワルドへと再び踏み込んでいくッ! 「なッ!?」 勝利を確信して弛緩させた心を、すぐさま先程までの水位に戻すことは困難を要する。 もしまだ戦いに心を置いていれば、ジョセフを今度こそ叩きのめせたかもしれない。 いや、むしろ、もっと殺傷能力の高い魔法を使うべきだったかもしれない。 ワルドの敗因を並べ立てるとすれば色々あるだろうが、最も大きなものがあるとすれば。ワルドが戦いを吹っかけたのは、ジョセフ・ジョースターだったということだ。 そのジョセフは既に自分の間合いに入り、今にも後ろで水平に構えた剣を横薙ぎに切り払ってくるだろう。カウンターしようにも、体勢の整っていないワルドにそれは出来ない。生半可に反応すれば、自分の攻撃は外れて相手の攻撃を貰うのは火を見るよりも明らか! 杖で受け止めるか、それとも身をかわすか……突然の選択を強いられたワルドは、反射的に大きく飛びずさる。剣の間合いから逃れ、ひとまず体勢を整えようとした。 先程の切り結びの中、ジョセフの間合いは十分把握している。 剣を避けた上で、身体の伸びきったジョセフに満を持して攻撃をかける――非の打ち所のない戦法と呼んで差し支えない、いい判断だった。 「うおおおおおおおッッッ!!!」 ジョセフの裂帛の気合と共に、地面に一際強く踏み込んだ左足を軸として、左腕が空気を薙ぎ払いながら横薙ぎの剣がその後を追って空気を切り裂き、ワルド目掛けて放たれたッ! だが、ジョセフのリーチと剣の長さを考えても、踏み込みが一歩浅かった! (焦ったな老いぼれッ! 僕の勝ちだ、ガンダールヴッ!!) 心の中で勝利を確信し、優雅に後ろへ飛びずさり。 ワルドの眼前を何かが通過し。強すぎる衝撃が右手を襲い。杖は、宙を舞った。 「――何?」 杖が地面に跳ねてから、やっとワルドは痺れる自分の手から杖が失われているのに気が付いた。 そして、ジョセフの剣がぴたりと喉元を狙っているのにも。 「勝負あり、じゃな。それとも杖ナシでやるか?」 信じられないものを見る目で、地に落ちた杖を呆然と見るワルド。 決着がついたと判断したルイズは、恐る恐る二人に近付いてくる。 「一体……どんな技を使ったんだ。ガンダールヴ」 震える唇で辛うじて絞り出した声に、ジョセフはニヤリと笑って剣を鞘に収めた。 「そのくらい自分で考えるんじゃな、“自称”本物のメイジ殿」 ワルドからあっさりと視線を外すと、ジョセフはルイズの方へ歩いていく。そして振り向きもせずに、いかにも楽しそうに言った。 「大サービスで技の名前だけ教えてやろう。名付けて、『流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)』」 流星色の波紋疾走。これもまた、ジョセフの読んだ剣客コミックからの引用である。 ジョセフは斬撃の際、両手で固く握っていた柄から右手を離し、左手のみで剣を振るったのだ。横薙ぎに剣を振るうならば、両手で振るより片手だけで掴んだ剣を、片手の腕力だけで振るほうが圧倒的にリーチが長くなる。 しかもそれだけに留まらず、右手の人差し指からは反発する波紋を流すことで剣速を加速させた。左手はただ握るだけではなく、人差し指と親指だけで柄を掴み、鍔近くから柄頭まで指の輪を滑らせることで、柄の分だけ更にリーチと威力と速度を伸ばすことに成功した。 これがもし握力が足らずにすっぽ抜けたり、剣先のコントロールが狂えばワルドの杖どころか腕や首さえ落としかねなかったが、波紋の精妙なコントロールを持ってすればさほど難しい所業でもなかった。 問題があるとすれば、「ワルドは飛びずさって距離を取る」という読みが外れた場合であるが、ジョセフはそれ以外の選択肢はないとすら確信していた。 杖で受けるには頭から爪先まで選択肢が多すぎたし、反撃するにも意表を付かれたあの状態ではろくなカウンターは取れなかった。結果、飛びずさるという選択のみが発生する。 『直前まで見せた剣の間合い』を見切らせ、なおかつワルドの身のこなしを計算に入れた上で、あのタイミングで流星の波紋疾走を放ったのだ。 だがワルドでさえ理解できなかった事が、ルイズに理解できるはずもない。 二人が決闘するという事態と、手合わせや決闘と称するには余りに過ぎた激闘に平静を失っていたルイズがほんの僅かに正気を取り戻すと、とりあえずジョセフの脛に蹴りを入れた。 「ぐはッ!?」 「あんたッ! 何してるのよッ! まさかとは思うけどケガさせたり殺す気で戦ってたんじやないでしょうね!?」 「いやちょっと待ってくれルイズ、向こうは名高い魔法衛士隊の隊長じゃろ? こっちも本気でやらんと」 「そういう問題じゃないわ! そういう問題じゃないのよ!」 ルイズは危険性についてがなり立てたいが、正直どういう攻防があったのかはほとんど理解できていない。ここで糾弾しやすいジョセフに怒鳴りつけて憂さを晴らしている状態だった。 ルイズとしてはいくらジョセフと言えども、魔法衛士隊の隊長であるワルドに勝てるとは予想すらしていなかった。しかもジョセフはこれまでにない力の入れ様でワルドに立ち向かって勝利してしまい、正直ルイズはどう反応すればいいのか判らなくなっていた。 自分の使い魔が陛下を守る護衛隊の隊長を打ち破るわ、しかも打ち破られたのは自分の婚約者だわと、どうにもリアクションに困ってしまう。 ルイズはワルドに視線をやるが、まだ痺れの消えない右手を左手で覆い、呆然と立っているだけだった。ポケットからハンカチを取り出して駆け寄ろうとするが、ジョセフがそっと肩を叩いて止めさせる。 「やめとけ、ルイズ。自分で売ったケンカで返り討ちにあったのに、婚約者に情け掛けられたらそれこそ自殺モンじゃぞ」 「でも……」 「グリフォン隊隊長ワルド子爵殿のプライドの為でもある。一人にしといてやろう」 ルイズはしばらく躊躇っていたが、声を掛けるのを押し憚れるワルドの雰囲気に、やむなくジョセフの手を取り、使い魔に引かれるままその場を去っていく。 「いっやー、おでれーたな相棒!」 物置き場を去ってから、デルフリンガーが陽気に口を開く。 「まさか相棒があんなに剣の達人だったなんて思いもよらなかったぜ! 使い手だけでもすげえのによ! あいつだってスクウェアクラスのメイジだぜ、多分! すげえな、相棒はメイジ殺しの才能があるんじゃねえか!?」 興奮したデルフリンガーはなおも言葉を続ける。 「ところで相棒よ、さっき握られてる時にふと思い出したことがあるんだけどよ。どうにも思い出せないんだよなー……随分大昔のことだからな。なあ相棒、心当たりねえ?」 ジョセフは返事の代わりに、デルフリンガーを鞘に収めた。 後でジョセフから、「あれはマンガで読んだ剣術でやったのはあれが最初、同じのをやれと言われても絶対ムリ」と聞いたデルフリンガーは、彼には珍しくしばらく絶句したそうな。 To Be Contined → 29 戻る
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ルイズが目覚めたのは、まだ二つの月が重なったままの夜だった。 (……寝てたんだ、私) 瞼の裏にわだかまる眠気を振り払うように目を開けると、横のベッドに腰掛けたジョセフが童話の本を読んでいた。タイトルは「イーヴァルディの勇者」。子供なら誰でも知ってるような本を老人が一生懸命になって読んでいる姿に、思わず笑みを漏らした。 「ああ、起きたか」 微かに漏れた笑い声を聞いたジョセフが、ぱたんと本を閉じた。 「ごめん、つい寝ちゃったわ。まだ朝じゃないのね」 ルイズが起き抜けに考えたのは、ワルドとの結婚の話だった。もう断ることは決めているが、果たしてこんな夜中に押しかけていいものかどうか少し悩む。 「ああ、そう言えばさっきワルドが来てな。明日の朝に式を挙げるとか言っとったぞ。媒酌人をウェールズ皇太子に頼むとかも言っとったなー」 さも今思い出しました、と言わんばかりに何気なく呟いたジョセフの言葉に、ルイズの思考に根付いていた眠気がいっぺんに吹き飛んだ。 「なんですって!? そんなの聞いてないわよ!?」 寝耳に水、という言葉を体現するかのようにルイズは慌てふためく。 「わしもついさっき聞いたばかりじゃ」 しれっと大嘘を吐くジョセフ。 ルイズはほんの少しの間あわあわしていたが、すぐに平静を取り戻していく。 「そんな……いくらなんでも急すぎるわ。私まだ、結婚するとも何とも言ってないのに……」 困惑しながらも、ふるふると首を横に振って口元に手を当てた。 「ほらルイズ、水でも飲んで落ち着け。波紋を流してあるから疲れも吹き飛ぶぞ」 「あ、うん……ありがとう」 ジョセフの差し出したコップを受け取って水を飲むと、はぁと溜息をついた。 「困ったわ、王子様は明日戦いに行くのに……そんな時によその国から来た貴族の結婚式の媒酌人なんかさせられないわ。早いうちに断ってしまわないと、王子様にまで迷惑がかかっちゃう……」 ルイズはコップの半ばまで水を飲むと、ベッドから降りて立ち上がった。 「――ジョセフ、付いて来て。今すぐに結婚を断って……朝になったら、ウェールズ様にきちんと謝らなくちゃいけないわ」 凛と立つルイズの言葉に、ジョセフは満足げに頷いた。 「そうか、んじゃちょいと待っててくれんか。どーも年を取るとトイレが近くてのォーッ」 キシシ、と笑うジョセフに、ルイズは呆れ顔で言った。相変わらずこの使い魔はいつでも緊張感がないというか。 「ちゃんと手は洗ってきなさいよ」 「判っておりますじゃ」 ジョセフがトイレに行く背を見送り、ルイズは軽い苦笑いを浮かべた。 婚約者に結婚を断りに行くなんて大事の前だと言うのに、相変わらずの使い魔の様子が微笑ましく映る。 (……もし、ジョセフが私と同い年くらいならどうなってたのかしら) ふと考えてみる。今よりお調子者でアホでケンカっ早い図体のデカい男があちらこちらで騒動を巻き起こす光景しか思い浮かばず、そのうちルイズは考えるのをやめた。 (……68にもなってアレなら、18の時なんか手も付けられそうに無いわ) 至極真っ当な見解に辿り着くと、ちょうどジョセフが戻ってきた。左手をポケットに突っ込んだまま鷹揚に歩いてくる。 「いやー、すまんすまん。それじゃ行くとするか」 主人の気も知らずあっけらかんと笑う使い魔に、ルイズはジト目で問うた。 「……ちゃんと手は洗ったんでしょうねっ」 「洗いましたとも。ちゃーんと石鹸水で」 「……そう、それならいいわ」 多少の躊躇いの後、ルイズはジョセフの右手を掴むように握った。 「そそそそそそれじゃ、行くわよ!」 懸命に、自然に何気なく手を取ったように演出した不自然さにジョセフは言及することも無く、そっと手を握り返した。 「うっしゃ、んじゃ行こう」 ルイズとジョセフは孫と祖父の姿そのままの様相で部屋を出、ニューカッスル城最後の夜の方向に勤しむメイドを捕まえて、ワルドの部屋を聞き出してそこに向かう。 ドアの前に立つと、ルイズは二、三回ほど深呼吸をし、それからノックをしようとして、ジョセフと手を繋いだままだったのに気付き、慌てて手を離してから改めてノックをした。 「ワルド、私よ」 「ルイズかい? どうしたんだね、こんな夜更けに」 まだ起きていたワルドの返事から少しの間があり、ゆっくりとドアが開いた。 最初にルイズを見、続いてジョセフに視線を移してから再びルイズに視線を戻したが、あくまでワルドの表情は崩れない。 (――仮面の出来ばかりはいいモノじゃな) ジョセフは眉の一つも動かさず、心の中で悪態を付いた。 「ルイズ、立ち話もなんだし、中に――」 「ワルド、ごめんなさい。貴方との結婚は出来ないわ」 部屋に入れようとするワルドを遮っての言葉に、ワルドの仮面めいた表情が揺らぎ、赤が強まる。ジョセフは心底どうでもよさそうに告げた。 「あー、子爵様や。誠に、誠に気の毒じゃなァ」 イヤミ丸出しの言葉にも構わず、ワルドはルイズの手を掴んだ。 「……気の迷いだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むはずが無い」 「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら恋だったのかも知れない。でも、今は違うのよ」 するとワルドはルイズの手から肩へと手を移し、強く掴む。目の端が吊り上り、まるで爬虫類めいた表情へと変貌していく。そこに今までワルドが浮かべていた優しげな表情は、欠片たりとも感じられることは無い。 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! その為に君が必要なんだ!」 この旅の中で初めてワルド本人の感情が言葉に乗せられた瞬間、であった。 豹変したワルドに怯えながらも、ルイズはそれでも首を横に振った。 「……私、世界なんていらないわ」 ワルドは両手を広げ、ルイズに詰め寄った。 「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」 そのワルドの剣幕に、ルイズは恐怖が沸き上るのを感じてしまう。あの優しいワルドがこんな顔をして、こんな言葉を吐き出すだなんて考えすらしなかった。ルイズは知らず、ジョセフに向かって一歩後ずさった。 「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長するんだ! 君は気付いていないだけだ! その才能に!」 「ワルド、貴方……」 唇から漏れた声は、恐怖に揺れていた。目の前に立っている人間は一体誰だ。かつての記憶にある子爵様はこんな人間じゃなかったはずだ。どうして、今の彼はこんな人間になってしまったのだろうか? 「ジョ……ジョセフ!」 ワルドの剣幕に怯えたルイズは、反射的にジョセフに振り向いて助けを求めた。 ジョセフはワルドにも負けないほど、仮面めいた無表情でルイズを自分の背後へと引き寄せ、ルイズは何の躊躇もせずにジョセフの後ろに隠れた。 シャツの裾をぎゅっと掴むルイズの手が小刻みに震えているのを感じ、ワルドを睨む両眼の光が鋭く強まった。 「坊主……オマエはフラレとるんじゃッ! これ以上ないくらいになッ!」 「黙っておれ!」 ジョセフの一喝に叫びで返したワルドは、ジョセフの後ろから恐々と顔を覗かせているルイズを見下ろした。 「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」 「私は……そんな、そんな才能があるメイジなんかじゃないわ」 「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」 ルイズはここに来て、認めたくない事実を認めざるを得なくなったことを悟った。 彼は……ワルドは。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを愛していない、という事実に。 「そんな結婚、死んでもイヤよ! 貴方、私をちっとも愛していないわ! 貴方が愛しているのは、貴方が私にあると言う在りもしない魔法の才能だけ! そんな理由で結婚しようだなんて……こんな侮辱はないわ!」 ワルドはその言葉に、ただ優しい笑みを浮かべた。だがその優しい笑みは虚偽だけで作られていることを、ルイズは既に理解していた。 「こうまで僕が言ってもダメかい。ああルイズ、僕のルイズ」 「ふざけないで! 誰が貴方と結婚なんかするものですか!」 ワルドは天を仰いだ。 「この旅で君の気持ちをつかむため、随分努力したんだが……」 「どれもこれも見事に失敗しとったがな」 ジョセフの茶化しにも眉の一つも動かさず、ワルドは肩を竦めた。 「こうなっては仕方ない。ならば目的の一つは諦めよう」 「目的?」 首を傾げるルイズに、ワルドは禍々しい笑みを見せつけた。 「そうだ。この旅に於ける僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでもよしとしなければなるまい」 「達成? 二つ? ……どういう、こと」 シャツの裾を知らず強く握り締めながら、ルイズは尋ねる。まさか、と言う思いと、考えたくもない邪悪な想像が心の中でせめぎ合う。 ワルドは右手を掲げ、人差し指を立ててみせる。 「まず一つは君だ。ルイズ、君を手に入れることだ。しかしこれは果たせないようだ」 「当たり前じゃないの!」 次にワルドは中指を立てた。 「二つ目の目的はルイズ、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 王女を呼び捨てにする言葉で、ルイズは理解してしまった。 「ワルド、貴方……!」 「そして三つ目……」 「次にお前は『ウェールズの命だ』と言う」 筋書きの判り切った一人芝居を見ている観客のような面持ちで、ジョセフはものすごく面倒くさそうに言った。 「ウェールズの命だ……ふむ、その通りだ。ガンダールヴ」 ワルドの表情からは仮面めいたそれは完全に消えていた。仮面の下にあったのはおぞましい……冷酷で酷薄なもの。笑みに良く似た、全く異なる表情であった。 「貴族派……! 貴方、アルビオンの貴族派だったのね!」 ルイズは、戦慄きながら怒鳴った。 「そうとも。いかにも僕はアルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』の一員さ」 「どうして! トリステインの貴族である貴方がどうして!?」 「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境は無い」 ワルドは杖を掲げ、恍惚の笑みを浮かべて宙を見上げた。 「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」 「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらんなぁ」 去年見たロボットアニメの映画の中で出てきたセリフが、思わず口をついて出た。地球の歴史もハルケギニアの歴史も、そこに住む人間もさして変わらない。ジョセフは思った。 「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何が貴方をそんなにしたの、ワルド!」 「月日と、数奇な運命の巡り会わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今此処で語る気にはなれぬ。話せば長くなるからな、共に世界を手に入れようと言ったではないか!」 ワルドは二つ名の閃光のように素早く呪文の詠唱を完成させ、ジョセフもろともルイズに杖の先を向けたが――余裕を見せて無駄口を叩いていたワルドより、先の展開を読んでいたジョセフの方がそれより一挙動早かった。 「我が友シーザー・ツェペリの技! シャボン・ウォールッ!」 ポケットの中に入れていたままの左手が掴んでいたのは、反発する波紋を流して固めていた石鹸水の塊ッ! それを波紋戦士が持つ驚異的な肺活量が生み出す突風の如き吐息を内包することで生まれる大量のシャボン玉ッ! 波紋シャボン玉がワルドとルイズ主従の間に壁のように充満した瞬間、ワルドの『ウインドブレイク』がジョセフ達に襲い掛かる……が! 「それがイイッ! そいつがイイんじゃよワルドよォッ!」 風のハンマーはジョセフ達に到達する前に、互いの間にあるシャボン玉の壁に命中せざるを得ないッ! しかもそれはただのシャボン玉ではなく、反発する波紋がたっぷり流されたシャボン玉! つまり風のハンマーが早ければ早いほど、波紋シャボン玉の速度が増すことになり―― 「きゃあっ!?」 シャボン玉に触れたジョセフが吹き飛ばされれば、ジョセフのシャツの裾を掴んでいたルイズも同じく吹き飛ばされることになる。吹き飛ばされながらも空中でルイズを小脇に抱えつつ、ワルドからの距離を大幅に広げる! そのまま着地すれば、ワルドにおもむろに背を向けるッ! 「ジョースター家伝統の戦法ッ! 『逃げる』んじゃよォーッ!」 ルイズを片脇に抱えたジョセフは、そのまま一目散に夜の廊下を逃げ切った! 「ちっ……逃げ足は大したものだな、ガンダールヴ」 忌々しげに歯を軋ませる音が響く。 今すぐ追いかけようにもシャボン玉の壁が廊下に充満し、追う事を許さない。 それにしてもあの使い魔……ガンダールヴの能力は、このような先住魔法めいた所業を可能にするのか、とワルドの心中を慄然と歓喜の混ざり合った感情が満たしていく。 こんな使い魔を持つルイズはやはり虚無の使い手ということだ。そのルイズを己の手で小鳥を縊る様に殺さねばならない、というのはいささか残念だが。 「だがそれならそれで好都合と言うものだ。目的の一つは果たさせてもらう!」 部屋に戻ると羽帽子とマントを取り、開け放った窓から天守へ向けてフライで飛翔する。 目的の場所は言うまでも無く、ウェールズの居室―― 見事ワルドから逃げおおせたルイズ主従は元の部屋に帰り着いていた。 小脇のルイズをベッドに下ろすと、ジョセフは毛布を一枚取って窓へと歩いていく。その背にルイズは、怒りめいた声で名を呼んだ。 「ジョセフ!」 「……なんですかな」 「いつから気付いてたの! どうして私に言わないの!」 今が急を要することはわかる。本当なら今すぐ問い詰めて何もかも白状させたいが、こんな下らない質問をして足止めしてはいけないのも頭では判っている。 だが、それでも、今の今まで使い魔が気付いていたことを主人に伏せられていたなんて――あまりにも、マヌケじゃないか。 「谷で襲われた辺り。お前に言えば向こうにバレる危険があったからじゃ。判ってくれ」 「……判るわよ! 子供じゃないんだから! でも、でも――!」 理屈は十分すぎるくらい判る。でも、騙されていた。何も言われなかったのが、腹立たしくて……悲しい、のだ。 幼い頃からの憧れだった婚約者が裏切り者だったのがどうしようもなく悲しい、辛い。 それなのに、信頼しているジョセフにまで! 人間不信に陥りかけたルイズに、ジョセフは背を向けたまま言った。 「あのクソッタレはアンリエッタ王女殿下、ウェールズ皇太子だけじゃあなく、わしの可愛いルイズを侮辱しおった! それをこのジョセフ・ジョースターが許せるはずァないわいッ!」 ルイズは気付く。毛布が今にも指の力だけで引きちぎられそうなほど、固く強く握られていることを。 ジョセフは、激怒している。 主人が騙されたことを。侮辱されたことを。 「ルイズ、わしは今からあいつをブッ飛ばす。だがお前を連れて行って守りながらは戦えん。だがこのジョセフ・ジョースターは、お前の……ルイズの使い魔! お前の代わりに、お前の分まであの裏切り者をブチのめすッ!」 振り返るジョセフの顔を見たルイズは、ほんの一瞬、ジョセフの顔を見つめ。 沸き上がる様々な感情や言葉を押さえ込んで、言った。 「私の分まで……ブチのめしてッ!」 懐にいつも備えている杖を、無意識に固く服の上から掴みながら、叫んだ。 「おおせのままに、ご主人様」 帽子を被り直し、デルフリンガーと毛布を手にジョセフは窓から出て行く。 開け放たれた窓を呆然と見つめたまま悔しげに唇を噛み締めると、ルイズは今すぐにでもジョセフの後を追いかけたくなる衝動と、懸命に戦い続けることとなる。 To Be Contined →
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痩せぎすの男の先導で船の狭い通路を進んでいく六人。この中で身を屈めず歩いていけるのはルイズとタバサくらい。 やがて連れて行かれた場所は、後甲板の後ろに設けられた、船長室らしき立派な個室だった。 開けられた扉の向こうには豪奢なディナーテーブルがあり、そこを囲むように居並ぶ柄の悪い空賊達と、上座に一人どんと居座る頭がルイズ達を待ち構えていた。 汗や油に塗れた小汚い格好だが、その手の中では大きな水晶があしらわれた杖を弄んでいることからも、どうやらメイジだということを全員に知らしめていた。 六人は六人とも、それぞれの意思で沈黙を守っている。 これから愉快なコメディの幕が開くのを待っているようなワクワクとした笑みを見せているのはジョセフとキュルケ。 我関せずとなおも本から目を離さないのはタバサ。 飄然と立っているだけのワルド。 荒々しい空賊達の睨みに気圧され怯えながらも、それでも貴族のプライドに縋って精一杯の憎憎しい目つきで空賊を睨み返すギーシュ。 そしてルイズは、小さな身体を凛と立たせ、きっと頭を睨みつけていた。 今までに見たことのない六者六様の反応を見せるルイズ達を眺めていた頭は、ニヤリと愉快げに笑った。 「トリステインの貴族はプライドばかり高いが、お前達は極め付けだな。名乗ってみせな」 「大使としての扱いを要求するわ」 頭のセリフを何の躊躇いもなく無視してみせるルイズ。 「たかが空賊がトリステイン王国の大使に口を利いて貰えるだけでも身に余る光栄だわ」 頭もまたルイズの暴言を何の躊躇いもなく無視してみせた。 「王党派だと言ったな」 「同じことを何度言わせる気かしら」 「何しに行くんだよ。あいつらは明日にでも抹殺されちまうぜ」 「それがどうしたのよ。あんた達に言っても仕方ないでしょ」 大勢の空賊達の前で怯えも見せずしらっと挑発を続けるルイズに、頭は楽しげに語りかけた。 「貴族派についたらどうだい。今のあそこならメイジとなりゃ高い金で雇ってくれるだろうさ」 「笑わせるわね。トリステインの大使に王座泥棒の片棒を担げだなんて。まるで韻竜にネズミの死骸を薦める様な所業だわ」 立て板に水とばかりに辛らつな言葉の刃を投げかけるたびに、空賊達の目の鋭さがより磨がれていくのをギーシュは否応なしに感じ取っていた。 横目で恨めしげにルイズを見るが、その横ではジョセフがそんなルイズを満足げに……そう、可愛い孫を見守る祖父そのものの目で暖かく見守っているのを見て、ギーシュは何もかもを諦めた。 あんな甘い祖父が横にいる孫が張り切らないはずが無いからだ。 「もう一度言う。貴族派に付く気はないかね」 最後通牒とも言える頭の言葉に、ルイズは胸を張って答えた。 「ネズミの死骸はそれに相応しい者が食らうべきだわ。私が食べるものではないのよ」 これ以上はない完全な拒絶の後、不意に拍手が沈黙の室内に鳴り響いた。 拍手の主はジョセフであった。 「よく言った! そこまで言えるとは大したモンじゃッ!」 と、再びわしゃわしゃとピンクの髪を撫でた後、ニヤリと笑って頭を見た。 「そちらさんも意地が悪い。こんなどこからどう見ても頭の固いトリステイン貴族の雛形に、そんな甘い言葉なんぞ百も千も用いたところで効果が無いのは先刻承知だろうに」 「ほう? そう言うお前は何だ。……貴族ではないな」 興味深げに、だが威圧を込めた視線でジョセフを射すくめる頭。人を射すくめるのに慣れた眼差しだったが、ジョセフもまたそのような眼差しを受けることに慣れた男だった。 「使い魔じゃよ」 「……使い魔?」 「お前さんに生意気な口を叩いてるこのルイズのな」 頭だけでなく、周りの空賊達もが一斉に笑った。 「ははははは、御老人よ。生まれてこの方こんな愉快な冗談は聞いたことが無い! まさかトリステインの貴族相手からこんな冗談を聞けるとは夢にも思わなかった!」 ジョセフもニカリと笑って見せると、当然のように言葉を返した。 「王党派も大変じゃな、空賊の真似事までせにゃならんほど追い詰められてる! 使い魔の老人、王党派の空賊! この部屋は冗談の詰め合わせと言ったところかなッ!」 その言葉に、再び爆笑が巻き起こる船長室。 まだ事情が飲み込めていないのはルイズとギーシュくらいのものだった。 頭はばんばんとテーブルを叩くほど盛大に笑ってから、やれやれと首を振りながら背凭れに凭れ掛かった。 「――参ったな、これでも随分と空賊稼業には慣れていたつもりだったんだが。どこにボロがあったのかな」 「ボロも何も。あんなに硫黄に目の色変えてたくせに、ルイズのルビーやわしらの身ぐるみには一切興味を示さん空賊などおるわけがない」 ジョセフはそう言いながら、くつくつと喉の奥で笑った。 「硫黄が欲しいのは貴族派に売るためじゃない、自分達で使いたいから。そしてちょっとした小金に興味を示せないほど明日の命をも知れん連中が、今のハルケギニアにはそんなに多くいるというワケじゃあないわなッ!」 ふんふんと頷きながら聞く頭からは、先程までの粗暴な雰囲気が嘘のように消えていた。 大きな混乱に巻き込まれたルイズが頭から周囲の空賊達に視線を移せば、彼らの誰もがこれまでの空賊めいた柄の悪さが消えているのが判ったほど、彼らの態度は変貌していた。 「で、こんな航海に必要な穀物や酒に火薬を満載した船倉にわしらを入れた、というのもそうじゃ。そちらはわしらを人質としてではなく、賓客として扱う心積もりをしとったというコトじゃ。 なのにこんな愉快な三文芝居をしたのは、わしらがあんたらに怯えて貴族派だと言い出さんかどうか見て試そうとした。おおよそそんなところじゃあないかなッ?」 ジョセフの謎解きに、頭は乱暴な笑みではなく、明朗で清々しい微笑を見せた。 「ははは、御老人! 貴方のその目と耳は一体この船の何処に付いていたと言うんだ? 是非この私にだけそっと教えてもらいたいものだ! そこまで理解されているのなら、最早下手な演劇に興じることも無いだろう。 失礼した、貴族に名乗らせるならこちらから名乗るのが礼儀と言うものだね」 周りに控えた空賊達は笑みを収め、一斉に直立する。頭はカツラと眼帯を外し、無造作にテーブルに投げ捨ててから、おもむろに付け髭を外して見せた。 すると百戦錬磨の空賊の頭は、あっと言う間に凛々しい金髪の青年に姿を変えた。 「私はアルビオン王立空軍大将にして本国艦隊司令長官、同時に本艦イーグル号の艦長……と、様々な肩書きを持ってはいるが、今では飾りくらいにしかなりはしない。それでは僕の最大の飾りを披露することにしよう」 若者はテーブルの上で優雅に手を組むと、六人に向かって誇り高く名乗りを上げた。 「空賊船船長とは仮の姿。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは小さな口をあんぐりと開けて皇太子を見た。ワルドはほうと興味深げに皇太子を見た。キュルケはあらいい男、と皇太子を見た。タバサは本から視線を離さない。ジョセフは皇太子が直々に空賊か、と少々驚いた。そこまではさしものジョセフにも予想外だった。 そしてギーシュは、あ、あ、あ、と、言葉にならない声を断続的に発しながら、油の切れた出来の悪いからくり人形のように首を軋ませてジョセフを見た。 ジョセフは横目でギーシュを見ると、少しの哀れみと盛大な呆れを混ぜこぜた表情を帽子の下から見せ付けた。 「ギーシュよ、オイシイ話があったらすぐ飛び付くのはやめとけ。ひとまず疑ってかかるくらいはしてもバチは当たらんぞ」 「よ、四百……四百エキュー……」 ジョセフとキュルケへの負け分、合わせて四百エキューを一瞬で失う破目になったギーシュが、大勢の目の前にも拘わらずがっくりと膝を付いてしまったのは仕方のない事だった。 何事か、と訝しげにギーシュを見やる皇太子にジョセフが賭けの事を説明すると、またもウェールズは高らかに笑った。 「全く! 君達の腹の据わり具合といったら! 最近のトリステイン貴族は随分と有望株が揃っているようだね! では改めてアルビオン王国へようこそ、大使殿。御用の向きは如何なるものかな」 悠然と言葉を紡ぐウェールズに対してトリステインの大使は、呆然と立ち尽くしていた。 「こちらが説明するようなことはおおよそそこの御老人が説明してくれたからね。せっかくの私の楽しい種明かしのセリフを取られてしまったのが何とも痛快とも言える。 我が国でさえ王党派など圧倒的な少数派だというのに、よもや外国に我々の味方がいるだなどと夢物語を容易く信じられる状況ではなかったのでね。君達を試すような真似をしてしまって申し訳ない」 ウェールズが楽しげに言葉を続けても、ルイズはなおも意識が現実に戻りきっていなかった。 目当ての人物とこんな場所で出会ってしまうなどということに、心の準備も何も出来るはずがないからだ。 懸命に事態を理解しようとするルイズを取り成す様にジョセフが自分達の自己紹介をすれば、ウェールズは満足げに頷いてルイズ達を眺めた。 「せめて君達の様な立派な貴族が我が国にいれば、このような惨めな今日を迎えることも無かっただろうに!」 その言葉にやっとルイズが我に返ってアンリエッタの手紙を取り出そうとしたが、はたとそこで気が付いた。 キュルケとタバサは勝手に自分達の行く先に着いて来てるだけで、正式に任務に参加している訳ではないのだ。 かと言って「あんた達部外者だから席外せ」と言うのも不躾ではないか、と考えてしまい、どうすればいいのかとルイズは戸惑った。 だがキュルケは、そんなルイズを見て薄い苦笑を浮かべながらふぅと溜息をついた。 「こういう時は、堂々と『あんた達は王女殿下から任務を受けてない部外者だから席を外しなさい』と言うものよ。トリステインの大使を務めるならそれくらいのことはちゃんと言いなさい?」 「わ、判ってるわよそんな事! 今言おうとしてたわ!」 追い出す対象から諭されて、恥ずかしさとか怒りとかそんな感情で顔を赤らめたルイズだが、こほん、と咳払いしてキュルケとタバサを見た。 「貴方達は今回の任務とは関係が無いから、一旦席を外してもらうわ」 「はいはい。じゃあタバサ、行きましょう」と、まだ本を読んでいるタバサの手を引いて、自分達を連れてきた痩せぎすの男に目をやった。 「大使の友人ということで、船倉以外の部屋で待機させてもらえるのかしら」 「承知しております。ではこちらへ」 先程までの態度が嘘のような恭しさで、男は二人を連れて部屋を辞した。 二人が出て行ったのを見届けてから手紙を取り出したが、しかし手紙を手にしたまま、まだ訝しげにウェールズを見た。 「あ、あの……失礼ですが、本当に皇太子殿下なのですか?」 ジョセフでさえ、頭が皇太子だとは見抜けなかったほどの堂々たる空賊っぷりを見せていた青年が、「私は皇太子だ」と言い出してもはいそうですかと言えないのは正直な心境だった。 ウェールズは悪戯っぽく笑うと、満足げに頷いた。 「空賊全体としてはボロが出てはいたが、僕個人の扮装はどうやら君達のお気に召したようだ! 少々遊びが過ぎたようだが、僕はウェールズだ。証拠をお見せするとしよう……ヴァリエール嬢、左手のルビーをこちらに向けてくれたまえ」 と、ウェールズは立ち上がりながら左手に嵌めていたルビーの指輪を外すと、それをルイズの手に嵌められた水のルビーに近づける。 すると二つのルビーが共鳴し、虹色の光を周囲に振り撒いた。 「この指輪はアルビオン王家の風のルビー。君が嵌めているのはアンリエッタが嵌めていた水のルビーだろう? 水と風は虹を作る……王家の間にかかる虹の架け橋さ」 愛おしげに虹を見つめるウェールズに、ルイズは失礼を詫びて手紙を差し出した。 真剣に手紙を読み耽っていたウェールズだったが、しばらく手紙を読み進めていくうちに微かな憂いを眼差しに含ませていた。 しかしそれは本当に微かな変化でしかなかった。 「姫は結婚するのか……そうか。私の可愛い従妹は」 ワルドが無言で頭を下げて、ウェールズの言葉を肯定した。やがて最後の一行まで読み終わると、大切に手紙を畳んでから微笑んで顔を上げた。 「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとのことだが、残念なことに姫の手紙はこの船に乗せていない。空賊船にあの可愛らしい姫の手紙を連れてくるわけにも行くまい。 君達には面倒をかけるが、ニューカッスルの城まで足労を願うとしよう」 To Be Contined →
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ジョセフの放った砲丸の射撃は、これまでのパワーバランスを一変させるに相応しい威力を持っていた。 突然現れたボウガン持ちのゴーレムに警戒した傭兵達は、少々距離を取ったり、壁の後ろに身を隠していたりしていたが、それは無駄な努力であることをむざむざと思い知らされることとなったのだ。 入り口付近の壁を易々と破壊し、壁の後ろに陣取っていた不幸な傭兵を吹き飛ばした挙句、それでも威力が死ななかった弾丸は射線上に立っていた他の傭兵達をも薙ぎ倒した。 発射の反動に振動する弦を構わず掴み、胴体から次の弾丸を装填するワルキューレに矢が殺到するが、それもまた無駄な努力でしかなかった。鋼鉄の鏃が頭に当たろうが胸に当たろうが、ワルキューレの稼動になんら影響を及ぼすことはない。 二発目の弾丸が飛んだ直後、もう一体同じゴーレムが現れるに至り、傭兵達はこれまでの攻撃一辺倒の姿勢を止め、次に砲丸を食らう不幸に選ばれない様にと逃げ腰になって入り口付近からの撤退を始めた。 「うふふっ、流石はダーリンだわ! と言うかギーシュ、こんな便利なゴーレムがあるなら早く出しなさいよ!」 泡を食う傭兵達の様子を手鏡で見物していたキュルケが、ギーシュにジト目を向けた。 「さっきまでは出せる状況じゃなかったんだよ!」 頭を出せば矢が飛んでくる状況で、手鏡で遮蔽の向こうの様子を見るという手段が思いつかなかったのは仕方ないことではあった。 「まあいいわ、ここから私達の反撃の時間だわ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋でいいのかい」 「そうそう。それを貴方のゴーレムで取ってきて」 「よし、了解だ」 ギーシュは再び薔薇の造花を振って花びらを舞わせると、今度はオーソドックスな造詣のワルキューレが錬金される。ゴーレムはテーブルの陰から厨房へと駆けて行くが、ワルキューレを狙う矢はそれほど多くは無かった。 数本の矢がワルキューレに刺さりはしたが、ゴーレムはめでたくカウンター裏の厨房に辿り着き、熱く煮えたぎる油の鍋をつかんだ。 「オーケー、それを入り口に向かって投げて」 キュルケは手鏡を自分の顔の前に持ってきて、化粧を直していた。ジョセフは既に照準を頭の中で把握していたので、盲撃ちでも傭兵達に恐れを為させる射撃をすることは容易だった。 「こんな時にまで化粧しなくてもいいじゃない、ツェルプストー」 ルイズが呆れた様に言うが、キュルケは頓着せずに言い返した。 「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ締まらないでしょ」 「誰が主演よ、誰が」 ギーシュは、こんな時でも相変わらず始まる二人の口喧嘩に言葉を差し挟むのは無駄だと理解して、「じゃあ投げるよ」とだけ言ってゴーレムにフリスビーの様に鍋を投げさせる。 油を撒き散らしながら空中を飛んでいく鍋に向かってキュルケが杖を振ると、中の油が引火した鍋が落ちた入り口は、人の背丈ほどもあるほど勢い良く燃える炎で閉ざされた。 ジョセフの射撃で動揺していた傭兵達は、それでも雇い主から命じられた突撃命令を実行しようとしたのが運の尽きだった。 数人の被害を構わず一気に距離を詰めようとした傭兵達も、自分達の背丈ほどもある炎を前にしてはたじろがざるを得ない。半ば特攻気味に駆け込もうとしていた一隊は、辛うじて足を止めて炎に突っ込む事態は避けられたのだが、メイジの追撃はそれだけではなかった。 キュルケはテーブルの陰からおもむろに立ち上がり、まるで誘惑のダンスを踊るかのような艶かしい身振りで呪文を詠唱して再び杖を振った。 すると炎は更に火勢を増し、入り口でたたらを踏んだ傭兵達に襲い掛かり、燃え移る。 炎に巻かれた傭兵達の獣のような悲鳴が巻き起こり、地面を転げ回って必死に火を消さねばならない事態へと陥らされた。 タバサの展開する風のバリアで守られたキュルケは、飛び来る矢を物ともせずに優雅に赤毛をかき上げ、杖を掲げた。 「名も無き傭兵の皆様方。はした金で私達の襲撃に参加されて非常にご苦労様です。けれど金に目が眩んで自分の力量も弁えられないその愚かさ、死ぬまでたっぷり後悔させて差し上げましょう」 雨霰と降りしきる矢嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼した。 「この『微熱』のキュルケ、謹んでお相手仕りますわ」 「な、ちょ! 何一人だけ目立ってんのよ!」 * 巨大ゴーレムの肩の上で、フーケは舌打ちをした。今しがた突撃を命じた一隊は炎に巻かれて大騒ぎをしていたところに謎の大爆発までお見舞いされ、完全に闘争心をへし折られていた。隣に立った白仮面に黒マントの貴族に、フーケは呟く。 「もう少しまともな働きをしてくれるかと思ったけど。結局無駄足だったようね」 マントの男を横目で見る。無言ではあるが、震えるほど握り締めた拳が彼の心中を物語っている。 (自分の取った手が相手に全部読まれてるような感じがするんだろうね) フーケは、かつて戦ったあの老人の顔を忘れもしない。手玉に取られる、という言葉を自分の身で体得させられたあの夜明けの事を思えば、このプライドばかり高そうな男がどれだけ腸を煮えくり返らせているかは想像しやすい。 先程まで勝利を確信していた傭兵達は浮き足立ち、更に宿の中から吹き荒れる風が炎を撒き散らし、傭兵達の中に僅かに残った戦意を根こそぎ奪っていく。 既に逃げ出し始めた傭兵も少なからずいるし、なおも砲丸の直撃を受けた金属と肉のへしゃげる音と、人間の上げるものとは思えないくぐもった断末魔が聞こえ続けている。 悔しいがあのじじい……ジョセフの戦闘の才は認めざるを得ない。 ジョセフが下の連中と合流するまでは酒場のメイジ達は烏合の衆そのものでしかなかったのに、合流してそれほど時間も経たないうちにあの有様である。岩のゴーレムがあるにせよ、果たしてジョセフに勝てるかどうか。 (……参ったわ。勝つ場面がどうにも思い浮かばない) フーケの中で出された答えが弱音ではなく、正確な戦況判断であることに再び舌打ちが漏れる。 既に戦況は向こう側の圧倒的優位が確立されているし、ここで撤退するのは傷口を広げない為の勇気ある戦術である。 だが、横の貴族は。 「――やはり平民は役に立たん。ここは引く。フーケ、殿を務めろ」 ふざけんな三下貴族が、と心の中で悪態を吐いた。 つまり自分は逃げるから注意を引き付けておけ、と来た。何やら大層なお題目を唱えたレコン・キスタとやらもそう長くはないな、とフーケは直感した。 適当にやった後、逃げの一手を打つことに決めた。屈辱の返礼は当然したいに決まっているが、今度捕らえられたらレコン・キスタの助けの手は二度と差し伸べられないだろう。そんな内心を億尾にも出さず、フーケは答えた。 「いいわ。じゃあとっとと退却してくださるかしら。ここは私が足止めするわ、合流は例の酒場でいいわよね」 「ああ」 短く答えた貴族はゴーレムの肩から飛び降りると、夜の闇へと消えた。 「……ああ面倒くさい。他人の思惑で生かされるのは何とも窮屈だわ」 傭兵達は既に駆逐されている。飛び来る砲丸に荒れ狂う炎に炸裂する爆発に暴れ回る青銅のゴーレムと、メイジ達の領域に投げ込まれた傭兵達は少年少女達の容赦ない洗礼の前に完全敗北を喫していた。ラ・ロシェールの傭兵の評判が地に落ちた夜であった。 フーケは気が進まないながらも、ゴーレムを前に歩ませながら拳を振り上げると、それを入り口に叩きつける。それと同時にゴーレムのコントロールを自律動作型に変更すると、肩から降りて屋根沿いに逃げ出して少し離れた場所から見物する。 宿屋でめくら滅法に暴れているゴーレムに、程無くして花びららしきものが舞い散ってくっついたかと思うと、その花びら達が何かになってゴーレムに纏わり付いた。 そして岩のゴーレムにファイアーボールが飛んだ次の瞬間、ゴーレムは一気に炎に包まれた。 (――なるほど、花びらを油か何かに錬金したんだね。もうあいつらに30メイルゴーレムは通用しないってコトだわね。けっこう自慢だったんだけどしょうがないか) 敗北を喫するのは二度目だが、完膚なきまでに喫した敗北は逆に心に傷を残さない。ここで無駄足を踏んで捕まる義理は自分には無い。 首輪と鎖付きでも自由は自由である。フーケはひらりひらりと屋根を飛び、その場からの遁走に成功した。 * 今夜の宿をなくした一行は、矢を受けて呻いている主人にせめてもの気持ちとして皮袋に金貨を入れて渡してから、逃げ出すように宿を後にした。 一行を背に乗せたシルフィードが空に飛び立つと、激しい戦闘を潜り抜けた一行は大きく息を吐いた。 「はぁ……それにしてもなんて礼儀知らずなのかしら傭兵って。せっかくの宴会が台無しになったじゃない」 キュルケが肩を竦めれば、ジョセフはがっくりと肩を落とした。 「わし結局メシもワインもお預けじゃよ……」 「実は一本いいのを失敬してきた」 「ああタバサ! 今のお前の頼みならわしはどんな頼みでも聞いちゃうぞ!」 タバサから受け取ったワインボトルに頬ずりするジョセフの耳をルイズが捻る。 「ちょっとジョセフ! ご主人様ほっといて何を他の女に尻尾振ってるのよ!」 明るい月明かりの下、相も変わらず賑やかに騒ぐ一行。 そうやってシルフィードが飛んでいく先、小高い丘を越えた先に見えた巨大な樹に、さしものジョセフも「おお」と感嘆の声を上げた。 四方八方に枝を伸ばしている樹は、山ほどもある巨大なものだった。夜空に隠れて頂点は見えないが、高さは一体どれほどあるのだろう、ワールドトレードセンターとどちらが高いだろうか、と考えてしまうほどだった。 目を凝らせば枝には大きな何かがぶら下がっている。まるで巨大な枝に実る巨大な果実のように見えたそれが飛行船のような形状をしているのを見止めると、ジョセフは自分の中で合点が行った。 「なるほどなあ、確かにありゃフネじゃわい。空に飛ぶならここは確かに港町じゃよ」 ジョセフは一人でうむうむと頷いていた。 シルフィードが樹の根元へ降り立つと、根元はまるで巨大なビルの吹き抜けのホールを思わせる、巨大な空洞になっていた。 (枯れた樹の幹を利用しとるんじゃな。それにしてもこっちじゃこんなデッカイ樹が生えるんじゃなあ……すげえなあ異世界) と、興味深くホールを見物するじじい一人。 夜なので人影も無い広大な空間に心を踊らせたりもする。 やがてワルドが「諸君、こっちだ」と声を掛けたのが聞こえる。それぞれの枝に通じる階段には鉄で出来たプレートが貼ってあり、辛うじて「アルビオン行き」と書いてあるのが読めた。 「字が読めるのはええことじゃなー」 ニヒヒ、と笑いながらジョセフは一行の一番後ろで階段を駆け上がっていく。全員女神の杵亭での交戦でかなりの精神力を消費しているのは明白である。となれば、追っ手を防ぐ為にも魔法に頼らず戦えるジョセフが殿を務めるのは至極当然な話である。 木でできた階段は一段昇るたびにぎしぎしと心臓に悪い音を立てて軋む。手すりが付いているものの、これに体重をかけるのはやめておこうと思わせる代物だった。 しばらく走っていると、後ろから何者かが駆け上がってくる足音が聞こえた。 ジョセフは反射的に剣を引き抜き、背後から駆けて来る黒い影に怒鳴りつけた。 「何者じゃッ!」 だが黒い影は誰何の声に答えることなく、駆けて来る勢いそのままに跳躍すると、ジョセフだけでなくキュルケ達の頭上さえ跳び越してルイズの背後に着地した。 ジョセフの声に振り向いたルイズの眼前に着地した男は、悲鳴を上げさせるよりも早く彼女を肩に抱え上げた。 「きゃ、きゃあ!?」 悲鳴を上げたルイズを抱えたまま、男は躊躇わず手すりを乗り越えて地面へ跳んだ。 ジョセフも一切の躊躇を見せず、男の後を追って宙へ身体を舞わせた。 「ダーリン!?」「ジョジョ!?」 キュルケとギーシュにとっては、突然ジョセフが怒鳴ったかと思うと黒い影がルイズを浚って飛び降りてジョセフが後を追って空を飛んだ、という急転直下の状況。 精神力を使い果たしたメイジはただの人と同じ。飛び降りていくジョセフに後を託すしかないのだ。 ワルドが杖を振って生み出した風の槌が男を直撃し、ルイズから手が離れた。 その隙を見逃さずジョセフが突き出した左腕からハーミットパープルを発生させ、落下したままのルイズを確保する。他の茨が大樹に伸び、波紋でくっつくことで落下速度を殺しながら左腕にルイズを抱き抱え、そのまま大樹を伝って踊り場に着地する。 「ここで仕掛けてきたか!」 険しい横顔に、ルイズはジョセフにしがみ付いたまま「何! 何なの!?」と聞くしか出来なかった。 「刺客じゃよ、今度はちっとハードじゃぞ!」 厳しい視線の先には、魔法の風に包まれたままふわりと踊り場に降り立つ黒い影……白仮面の黒マントがいた。背格好はおよそワルドと同じ程度。 剣を振り回すには問題のない広さだが、ここにルイズがいるのが問題だ。 ルイズを守らなければならない、敵も排除しなければならない。 (両方ともやらなくちゃいかんのが使い魔の辛いところじゃよなッ) 「後で叱ってくれッ!」 突然の事態に思わずジョセフにすがりついたままのルイズに、波紋を流し込むッ! 「きゃうッ!?」 反発する波紋を流すことで、痺れたルイズの手がジョセフから離れるのと同時に、多少の攻撃ならダメージを軽減できる程度の防御力も付加する。 これまでのメイジとの戦いで、魔法を使わせないことが肝要と理解しているジョセフはすぐさま剣を正眼に構え、男に斬り掛かる。 男は構えた杖を振り、ジョセフの斬撃をかわし続けながらも呪文の詠唱を続ける。 ジョセフは両手で掴んだ剣を左腰に構えると、今度は右手に波紋を集中させる。 「食らえいッ! 流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)ッッ!」 横薙ぎに振るう剣の柄を握る手を鍔際から柄頭まで滑らせることにより、間合い、威力、速度の全てを高めた剣客コミック受け売りの必殺剣が夜闇を切り裂いて男に放たれるッ! だが男は必殺剣の間合いを見切り、背後への強い飛び退きで切っ先を回避してみせた! 男は剣で切り裂かれた空気の流れに唇の端を歪ませながら、なおも呪文を唱え続け…… 「隙を生じぬ二段構えッ! 双龍波紋疾走(ダブルドラゴン・オーバードライブ)ッッッ!!」 意外ッ! 男の胴体を殴り飛ばしたのはなんと鞘ッ!! 最初の斬撃を回避されたと悟ったジョセフはすぐさま、自由になっていた左手の指を鞘の縁に掛けると、剣を振り抜いた勢いになおも更なる一歩の踏み込みを加えた鞘での殴打を加えたのだ。 当然コレもジョセフ愛読のサムライコミックからの引用である。 しかし波紋をたっぷりと流された鞘に吹き飛ばされ手すりを飛び越えさせられながらも、男はなおも呪文を唱え続けていたッ! 「相棒! 構えろッ!」 流石に二撃目の斬撃で体勢を崩したジョセフに三撃目を放つ余裕も無く、辛うじてデルフリンガーの叫んだように構えた瞬間、男の周辺から発生した稲妻が狙い違わずジョセフを襲う! 「『ライトニング・クラウド』ッ!」 呪文の正体を悟ったデルフリンガーが叫ぶが、幾らジョセフだろうと電撃を回避する術も無く、全身に雷を走らせる結果となる。 「うおおおおおおおッッッ!!?」 余りの激痛に意識が白に染められたジョセフは、気付いた時には踊り場に身を投げ打ってのた打ち回っていた。 (か……カミナリかッ! ダメージはッ! 右腕かッ!) 見れば右腕の袖が電撃で焦げ付いている。中身は見るまでもない、相当な大火傷を負っているだろう。だが男は魔法を完成させたのが精一杯だったらしく、今度こそ男は地面へ向かって落下していった。 (波紋ッ……波紋で、痛みを和らげッ……!) 激痛に荒れる呼吸を無理矢理整えようとしたジョセフに、小さな足音が駆け寄ってきた。 「ジョセフ!」 蹲ったジョセフに、波紋のショックから回復したルイズが走ってきた。 いきなりご主人様になんてことをしてくれたんだ、という怒りもジョセフの右腕を焦がす電撃の傷跡がすぐさま消し飛ばしていた。それほどに酷い傷を受けているジョセフの背に両手を置いて、懸命に使い魔を揺さ振る。 「生きてる!? 生きてるの!?」 錯乱して判り切った事を聞いているルイズと、判り切った事を聞かれているのにツッコミを入れる余裕すらなく悲痛な呻き声を上げるジョセフの元へ、上から駆け下りてきた仲間達が駆け下りてきた。 「ダ、ダーリンッ!?」 「ジョジョ!?」 キュルケとタバサだけではなくタバサも蹲るジョセフに駆け寄ってきた。 「タバサ、『治癒』はかけられる!?」 「……ム、ムリせんでいいッ……! お前達も疲れとるじゃろ、なぁに一晩くらいなら大丈夫ッ……!」 明らかなやせ我慢だとは全員が判るが、実際精神力は傭兵達相手に枯渇している。ここで出来る事は何も無い、というのが正直なところだった。 「さっきの呪文は『ライトニング・クラウド』だな。『風』系統の魔法の中でも凶悪な魔法だぜ。あいつはかなりの使い手だ」 ジョセフの手から落ちたデルフリンガーが心配そうに言った言葉に、同じ風系統のメイジであるタバサの表情が微かに曇る。それを見たキュルケは、蹲るジョセフを目撃した時と同じくらいに驚いた。 「だが腕ですんでよかった。本当なら命を奪うほどの魔法だぞ。……どうやら、この剣が電撃を軽減したようだな。よくわからんが、ただの剣ではないな」 同じようにジョセフの傷を見やっていたワルドが呟く。 「知らね。忘れちまった」 デルフリンガーがすっとぼけた声で答える。 「……なぁに、フネに乗ったら酒飲んで酔っ払っちまえばどーにかなるわいッ。ほら、随分後戻りしちまったからとっとと行かなくちゃなッ」 よろよろと起き上がるジョセフを全員が心配するが、まだ階段を上り続けなければならないのは確かである。タバサは下で待機していたシルフィードを呼び出そうと口笛を吹こうとしたが、それはジョセフに止められた。 「また他の追っ手が来たら困るじゃろ……なぁに、心配はいらん。わしが何とかする」 ものすごい強がりに、タバサは静かに頷いた。 (言ったら意見を譲らない所は主人と同じ) 他の面々もその結論に達すると、改めて階段を登って行く。ジョセフはデルフリンガーを鞘に収めると、焼け焦げた右腕を押さえながら波紋を緩やかに流し込んでいった。 To Be Contined →
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眠気がわだかまる瞼をうっすらと開けたジョセフは、ゆるりと周囲を見やった。 段々と傾き始めた日が葉の間から射す森の中、地面に横たわる自分の近くで立ち話する話し声の主は、二人。一人は老人、もう一人は青年。彼らを取り巻く少年少女達はじっと二人のやり取りを聞いている。 アルビオンから帰還した面々の中で最後まで眠っていたジョセフはゆっくりと身を起こして立ち上がると、老人に声を掛けた。 「すみませんな、オールド・オスマン。つまりそーゆーコトになっちまいまして」 ニヒヒ、と笑うジョセフに、オスマンは愛用のパイプをふかしてから、ウェールズからジョセフに視線を移し、ほんの少し学院長らしい様相で眉根を寄せた。 「ジョースター君、トリステイン魔法学院はトリステインのみならず各国の王族や大貴族の子爵令嬢が何人も在籍しておる。つまらない火遊び一つが戦争の火種になりかねん場所だということは知っておるかね?」 ここで亡国の王子を入れたらどうなるか判るな、という言外の問いかけに、ジョセフは悪びれもせず答えた。 「大体は察しております。ですが今までこの学院でのいざこざが切っ掛けで起こった戦争が幾つあったのか、お訪ねしてもよろしいですかな」 質問を受けたオスマンは、ぷか、と煙のリングを宙に浮かせた。 「少なくともわしがおる間は一件もない」 その答えに、ジョセフはニヤリと笑い、オスマンも同じくニヤリと笑った。 「次にオールド・オスマンは『今更皇太子の一人や二人匿ったところで何も変わらんがね』と言う」 「今更皇太子の一人や二人匿ったところで……と。ジョースター君、答えが判っているのにいちいち質問をしなくてもよろしい」 かっかっか、と老人二人が笑い合う。 「どうせ学院は無駄に広いからのぉ、殿下がお隠れになる場所なら幾らでも用意出来る。風の塔にちょうどいい空き部屋があるんじゃが少々掃除をせねばならんのでな。ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、ミスタ・グラモン。君達に手伝って貰うとしよう」 白く長い眉毛の下から、生徒達を見やり。次にジョセフへ視線を移す。 「ミス・ヴァリエールとジョースター君は、わしらが掃除を終えるまでここで殿下の話し相手を頼めるかね」 ウェールズや生徒達からおおよその事情を聞いたオスマンは、今回の件を仕組んだ張本人であるジョセフを残した。ウェールズへのアフターケアを今の内に済ませておきなさい、と言外に述べた言葉を、ジョセフが理解できないはずがない。 主人であるルイズも残したのは、爆発以外の魔法が使えないということもあるが、一応の用心も兼ねている。 「承知しましたぞ、オールド・オスマン」 「わ……判りました」 泰然としたオスマンの言葉に、ジョセフとルイズは恭しく一礼した。 「そんな、昨日から徹夜だというのにこの上掃除なんて……」 ギーシュが疲れた顔で呟くも、キュルケは嫣然と微笑んだ。 「承知致しましたわ、オールド・オスマン」 タバサは本を読んだまま、無言で頷く。 「では少し時間を貰うとしよう。何、それほど時間はかかるまいて」 そう言い残し、オスマン達はシルフィードに乗って空へ飛んでいく。 残された三人に僅かな沈黙が訪れたが、それを最初に破ったのはウェールズだった。 「まんまとしてやられたね、ミスタ・ジョースター。杖を使わずに魔法を使われるとは思ってもいなかった」 昨夜と変わらない笑顔ではあるが、声色には多少なりとも苦味が見え隠れしていた。 「何とも間の抜けた事だ。敵のみならず父や臣下達まで欺いて、再び夜を迎えようとしている。そのことに安堵していない、と言えば嘘になる。だが、それでもだ。国を亡くし、これからの道程になんら希望が見えない男を生き延びさせて、何の意味があるのだろう」 岬ごと城を落とす大仕掛けを繰り出し、アルビオン王家の生き残りはたった一人。 国は滅び、しかも愛する従妹のアンリエッタは近々意にそぐわない政略結婚をさせられる。生き恥を晒す上に艱難辛苦を味わわなければならない状況を笑って受け入れられる人間が滅多にいるものではない。 例え王族として申し分のない人格者であるウェールズにしても、稀な例外とはなれなかった。 ルイズも、こうしてウェールズだけでも救えた事に後悔はない。ただ、今のルイズに亡国の皇太子へ掛けられる言葉はなく、それでも何か言いたげに小さく動く唇を隠すように俯いているしかなかった。 しかしジョセフは、そんなウェールズの深刻な表情とは真逆とも言える、相変わらずの不敵な笑みを浮かべてみせた。 「恐れながらウェールズ様。殿下の命を救う事、これこそがトリステイン王国、引いてはアンリエッタ王女殿下の窮地を救う鍵となりますのでな。正直な所、殿下の意思はハナっから勘定に入れるつもりはなかったんですじゃよ」 おためごかしも何もなく、堂々と言ってのけるジョセフにルイズのみならずウェールズまでもが驚きに目を見開いた。 「ちょ……ちょっとジョセフ! それは言い過ぎよ!?」 ルイズが慌ててフォローに入ろうとするが、ジョセフはあくまで表情を崩さずに主人の頭をぽんぽんと撫で、ウェールズに向かって言葉を続ける。 「アンリエッタ王女殿下はお優しく魅力的なレディであることは殿下も重々御承知でしょうが、残念ながら王家を担えるかと言われれば……それもまた、殿下は重々御承知じゃと思うんですが。殿下の御見解はいかがでしょうかな?」 その問い掛けに、ウェールズは小さな溜息をついた。 「……残念なことにミスタ・ジョースターの見解と私の見解は一致せざるを得ない。アンリエッタは……不幸なことに、次代の女王となるべき教育を受けていない。いや、受けさせられなかったと言うべきか。 何と言っても、トリステインは先王が崩御してから今に至るまで、王位は空位のままだ。その間、政を担う貴族達が王室を欲しいままにした。水は流れなければ澱む。今のトリステイン王家は……かつてのように清く澄んだ湖とはとても言えない。 アンリエッタは、澱んだ水の中から出ることを許されていなかった」 ウェールズの言葉に、ジョセフはゆるりと首を横に振った。 「誉れ高く王女の覚えも高い魔法衛士隊の隊長が裏切り者だったという状況ですからのォ。わしの正直な見立てを言うと……ここから立て直すには奇跡の二つ三つは用意せんとキツい。少なくとも今のままでは、奇跡を用意することも出来ませんのじゃよ」 ジョセフの口から聞こえる言葉は、それだけ聞けば彼には似つかわしくない悲観的な流れでしかない。 だが、当のジョセフの口調と表情は、あくまでも普段と変わらない愉快げな笑みがあからさまに浮かんでいる。それはまるで、これから取って置きのオチを言おうとするかのような、子供じみた笑みだった。 ウェールズはまだ出会ってから一日ちょっとしか経っていない老人の表情が、何を示すものなのかが理解できるようになってきていた。 だから彼は、苦笑を隠そうともせずにおおよそ答えが予想できる問いを投げる。 「つまり、私の身柄はトリステインに奇跡を起こす為の布石だ。だから私の意志は尊重されるべきものではない――そう言う事だね、ミスタ・ジョースター?」 ジョセフはその答えに、非常に満足そうに頷いた。 「そこまで御理解いただけるなら話は早い。まーぶっちゃけ、どこの馬の骨とも知れん老いぼれ使い魔の言葉より、想い人の言葉なら聞き心地もよいというもんですしなァ?」 ニヤリ、と子供じみた笑みを見せる。 「なぁに、城ブッ壊して岬落とすことに比べたらアンリエッタ様が立派な王女殿下になることなんか朝飯前ってモンですじゃよ」 気楽な様子で放たれる大言壮語を、ウェールズもルイズも頭から否定できない。このしみったれた老人が今まで何をしたのか、二人とも良く理解しているからだ。 だが当のジョセフは。 (さぁ~~~てどーしたモンかのォ。ま、何とかなるじゃろ) トリステインに起きる奇跡のタネなど何一つ用意していないのだが、決してそんなことを億尾に出すようなマヌケではなかった。 そんなジョセフの行き当たりばったりっぷりなど知る由もなく、ウェールズはオスマン達が戻ってくるまでにアンリエッタへ向けた手紙を書き上げる。 手紙に施した封蝋の花押はウェールズ独自のデザインであり、皇太子本人が記した物であるという証明となる。自分が無事でいること、事態が好転するまで学院に匿われること、数文だけ書かれた従妹への私信。 アンリエッタへの新たな手紙を受け取ったルイズは、滅亡した他国の王族へ、一切失礼のない態度でウェールズに跪いた。 やがて戻ってきたオスマンの手引きで部屋に案内されるウェールズを見送った後、キュルケもルイズ達にひらりと手を振って学院へと戻っていく。 「アルビオン旅行も終わったし、任務に関係ないゲルマニア貴族が王宮をうろちょろするのも具合悪いでしょう?」 いい加減で軽薄な様に見えても、首を引っ込める点を心得ているキュルケである。 正式に任務を受けたルイズ主従とギーシュ、そしてシルフィードの主であるタバサが王宮へ向かったのは、そろそろ空の色が青から緋色に変わり始めようとする頃合だった。 * ルイズ達の帰還を待ち詫びていたアンリエッタは、「ヴァリエール家の令嬢が手紙の件でお目通りを申し出ている」という伝達を受けるが早いか、ルイズ達を自分の居室へ呼ぶ様に言い付けた。 ギーシュとタバサを謁見待合室で待たせ、ルイズとジョセフはアンリエッタの私室にて件の手紙とウェールズからの新しい手紙を渡し、アルビオンでの出来事を逐一報告した。 道中で起こった様々な出来事を聞いたアンリエッタも、ジョセフの手引きによりニューカッスル岬が落ちたという話はすぐには信じられないようだった。 アルビオンから岬が崩落したという伝令は聞いてはいたが、その原因が魔法も使えない老人の手によるものだとは、ハルケギニアの常識では到底信じられる話ではない。 だがルイズが自分の使い魔の高い能力と、トリステイン王国にとってジョセフの能力が必要になると懸命に主張する様子に、王女はまだ殆ど信じられないながらも頷いた。 そしてワルドがレコン・キスタの内通者だったことには酷く驚き嘆いたが、無事にゲルマニアとの同盟を堅守した上、ウェールズを救い学院に保護していることに安堵の色を隠すこともなく、感極まって豪奢な椅子から立ち上がった。 アンリエッタが椅子から立ち上がったのを見たルイズも、素早く椅子から立ち上がると、間髪入れず駆け寄ってきたアンリエッタの抱擁を受け、自分もまた王女の背に手を回した。 「ああ、ルイズ・フランソワーズ! やはり貴方に頼んで良かった……わたくしの婚姻を阻もうとする陰謀を未然に防ぎ、かつ裏切り者を誅したのみならず、アルビオン王家の断絶まで防いでくれるだなんて!」 「そんな勿体無いお言葉を頂けるだなんて! 王家に仕える公爵家の娘として当然のことをしたというだけですのに!」 それからしばらく繰り広げられる王女と公爵令嬢の寸劇を、ジョセフは茶を啜りながら温かい目で見守っていた。 やがて二人が身を離すと、ルイズはポケットの中に入れていた水のルビーを取り出し、恭しく王女へと差し出した。 「姫様、お預かりしていたルビーをお返しいたします」 アンリエッタは微笑みを浮かべて首を振ると、差し出された手を両手で包んでそっとルイズへと押し遣った。 「それは貴方が持っていなさいな。困難な任務をやり遂げた貴方へのお礼です」 「こんな高価な品を頂くわけには参りませんわ」 「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから取っておきなさいな」 それ以上固辞する事もなく、ルイズは指輪を指にはめた。 ルイズがルビーを受け取ったのを見届けてから、アンリエッタはジョセフへと視線を向けた。 「ありがとうございます、ジョジョ。わたくしの大切なルイズを守ってくれて。これからもルイズ共々、わたくしの友人となってもらえますね?」 たおやかな微笑みに、ジョセフも悠然と笑みを返して一礼した。 「勿体無いお言葉、痛み入ります。王女殿下の御為ならば、わしも主人も命を賭す所存ですじゃ」 ルイズ達が学院へ帰るべく再びシルフィードの背に乗ったのは、日も沈んで双月が煌々と夜を照らす頃になってからだった。 アンリエッタへの報告を終えたルイズは、余りに濃密なアルビオン行の緊張がやっと解けて、ジョセフに凭れ掛かって安らかな寝息を立てていた。 ギーシュもシルフィードの背の上で横になって束の間の眠りを貪っている。 今、シルフィードの背の上で起きているのは学院に戻るまでに仮眠を取ったジョセフと、眠っている同級生達と同じ激動の一日を乗り越えてなお、普段通りの無表情を崩さず読書に耽っているタバサだけだった。 それから三日後、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻が発表され、軍事同盟も恙無く締結された。 トリステインとゲルマニアの同盟が締結されたのを見届けていたかのように、レコン・キスタによってその翌日に樹立されたアルビオン新政府は、アルビオン帝国を名乗った。 アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルは、すぐさま特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診した。両国の空軍を合わせてもなおアルビオンの艦隊に抵抗しきれない今、両国はこの申し出を受けざるを得ない。 アルビオンに主導権を握られる形ではあるが、両国はこの条約を受けた。 この不可侵条約が締結されたことで、内情はどうあれハルケギニアにはひとまずの平和が訪れた。国の存亡に関わらない貴族や平民には、これまでと同じ普段通りの生活を送るだけのことだった。 それはトリステイン魔法学院の生徒達も例外ではない。 だが、一握りの人々はこれまでとは多少異なる生活を送る事となった。 * ウェールズが学院の塔の一室に隠れ住むことになり、オスマンは宝物庫から持ち出した一つの黒い琥珀――ジェットをウェールズへと渡していた。 ジェットはかつてアルビオンの女王が夫を亡くして長い喪に服した折、服喪用のジュエリーとして身に付けていたことで知られている。先立っての戦いで勇猛果敢に討ち死にしたアルビオン王家と忠実な貴族に対する、オスマンからの追悼も兼ねていた。 だがオスマンがわざわざ宝物庫から持ってくる代物が、ただの宝石であるはずもない。 指輪にあしらうには多少大きく、首飾りにするには十分な大きさの黒い琥珀。 この黒い琥珀の持ち主が指定した領域には何者も入ることが出来なくなるが、同時に持ち主が指定した人物の立ち入りを許可することも出来る。 部屋の小窓にも、風は通るし外の景色は見えるが、外からは誰もいない小部屋のように見える魔法のガラスをはめ込むことにより、ウェールズが学院にいるということが第三者に知られる可能性はほぼ完全に排除されていた。 そしてルイズ達が学院に帰還した翌日から、アルビオンに向かった面々……ルイズ、ジョセフ、ギーシュ、キュルケ、タバサがアルヴィーズの食堂に行くことが少なくなった。 表向きはオスマンが「勝手に授業をサボった罰として彼らには当面の間補習授業を行う」ということで、普段の授業時間以外の自由時間を塔の一室での補習に当てている、ことになっていた。 しかし実際は違う。 いくらウェールズが学院に居る事が知られないように手を巡らせているとは言え、ずっと一人分多い食事を用意していてはスキャンダルや噂話には無駄に聡い生徒やメイド達の興味を引かないとも限らない。 そこでジョセフが考えた手は、五人分の食事を少しずつ分けることで六人分の食事にしてしまおうという非常に単純な手だった。 そもそも食堂で出る食事は、一人分にしては豪華なボリュームがある。ウェールズに分け与える為に一人辺り一食につき六分の一渡したとしても、特に問題があるわけでもない。 しかもジョセフは気が向いた時に食堂に行けば賄が出る。その為、実際はジョセフの食事を丸々ウェールズに回してもよかったし、ジョセフも最初はそうしようと提案したのだが、満場一致でその申し出は撤回された。 「なんだいジョジョ、水臭いことを言わないでくれたまえ。僕達は心の友だろう?」 五人の言葉を要約すれば、ギーシュが言ったこの言葉となる。 結果、五人は授業以外の時間……食事以外の時間も、塔へ足繁く通うこととなった。 これについては、ウェールズの様子を監視するということではなく、ジョセフの教えを学ぶ為だった。 黒い琥珀に守られた部屋に集まる面々は、つまりジョセフがジェームズ一世を口先三寸で丸め込んだ光景を目の当たりにした面々という事になる。 ジョセフが二十世紀のNYで五十年間磨き上げた交渉術は、ハルケギニアの貴族にとって強力な武器、などという生易しいレベルの話ではない。まだ銃も開発されていない中世の軍隊が走り回る戦場で、現代兵器満載の軍隊が好き勝手したらどうなるかという事だ。 ジョセフにとっては初歩の初歩の初歩とすら言えない、町中の本屋で埃被ってる時代遅れの経営ハウツー本の第一章に書かれてるレベルの事ですら、普通に生きていればルイズ達は辿り着けなかったかもしれない発想である。 効果の程は自分達の目と耳が無二の証人であるため、ルイズ達はジョセフに駄目元でジョセフに教えを請うてみたら、拍子抜けするくらいあっさりと快諾されてしまった。 トリステイン王家の庶子を初代に持つヴァリエール家の三女に、ヴァリエールの宿敵でもありゲルマニアでも屈指の名門のツェルプストー家の令嬢、トリステイン王軍元帥の息子のみならず、滅びたとは言えアルビオン王家の皇太子。 由緒ある王族や貴族の少年少女が椅子を並べて平民の老人を師とし、時間を惜しんで貪欲に彼の言葉を学ぶという、封建制度に基づく身分制度で成り立つ社会であるハルケギニアでは到底見ることの出来ない光景が、狭い一室で連日繰り広げられることとなる。 ジョセフの肩書きが使い魔、学院で働く平民達の英雄の他にも、王女殿下の友人、虚無の担い手(嘘八百)、皇太子や貴族子息の教師、とたった数日で劇的に増えたのに呼応して、ルイズの態度もまた変わっていた。 まず、ジョセフにさせていた身の回りの世話を自分でするようになった。 顔を洗う水を汲ませはするものの、自分で顔を洗うようになったし、着替えだってジョセフの手を借りず自分で服を着る。洗濯も自分でやると言い出した。 ルイズの態度の変貌を目の当たりにしたジョセフは、まず第一に落ち込んだ。 基本的に、ただのボケ老人扱いされていた頃でもルイズの世話については嫌な気がしないどころか、むしろ進んでやっていたジョセフである。 だが、アルビオンでの冒険を終えた今、ルイズの中ではジョセフに対する認識が大きく変わっていた。 有能な使い魔であり、誇り高い老人であり……、もっと言えば、眠っているところへ衝動的にキスしてしまうという未経験の感情を持ってしまっている。 そんな相手に、いつまでもいちいち身の回りの世話をさせるのは、貴族としても一人の少女としても、ルイズのプライドが許さなかった。 そこできちんとルイズが、そこに至るまでにどう考えてその答えに至ったかを説明すれば良かったのだが、残念ながらジョセフの世話を断ったのはアルビオンから帰還して翌日すぐのこと。情報を出さないことが不都合になるという初歩的な事すら、ルイズは学んでいなかった。 「私だって子供じゃないんだから、身の回りのことくらい自分でするわよ!」 と、いつもの調子で言われてしまったジョセフは、それはもう落ち込んだ。 そりゃそうである。目に入れても痛くないほど可愛がっていた、むしろ実の孫よりも愛情を注いでいたルイズから突然こんな事を言われてしまったのだ。 極度の疲労で、落ちていく岬の上だと言うのに熟睡してしまったジョセフは、自分の唇が主人に奪われていたことなど知る由もない。心当たりが何もない状況で、突然可愛い孫からそんな事を言われて落ち込まない祖父などいるはずがない。 ショックの余りふらふらと部屋から出て廊下の壁に凭れてたそがれるジョセフを見かけたキュルケは、事情を聞いてとりあえず、なんというバカ主従かと呆れ返ったのだった。 ちなみに洗濯については、結局今まで通りジョセフがやることになった。 ルイズの目の前で輝虹色の波紋疾走こと波紋式全自動洗濯を披露したところ、数発ほど脇腹にチョップをお見舞いされるオマケはついていたが。 To Be Contined →
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ニューカッスル城の至る箇所から巻き上がる爆発。自らの重量を支える箇所を破壊された城が崩落し、岬に多大な負荷を与えていく地響き。大量の瓦礫に吹き上げられる砂嵐。 これから地面に叩きつけられる数千のレコン・キスタの傭兵達は城が崩れ落ちるという驚天動地の出来事に思考を麻痺させ、能動的な行動を取ることはできなかった。例え動けたとしても、破壊された城の向こうへ行こうとする者などいるはずもなかったが。 今、礼拝堂の周囲に存在する人間はジョセフ。タバサ。ウェールズ。そして、ワルド。 生身の右手と手袋の中で紋章が輝く左手でデルフリンガーを構えながらも、ジョセフは自らの肉体が悲鳴を上げているのに今しばらくの我慢を強いるしかなかった。ハーミットパープルをおんぶ紐代わりにウェールズを背負わなければならないのがまた辛い。 24時間近くの不眠、ガンダールヴで強化された肉体の酷使が引き起こす筋肉痛、波紋を練り切れない荒い呼気、スタンドパワーの枯渇。コンディションは最悪の一言で表せた。 タバサはジョセフより随分と疲労は少ないとは言え、睡眠不足であることは否めない。 しかし、ワルドは。 「久しいな、ガンダールヴ! 昨夜はよくもやってくれたな……たかが使い魔風情が!」 その言葉は憎悪が僅かに含まれていたが、あくまでも嘲笑じみた感情ばかりが強く前に出ている。これから狐を狩りに行くような愉悦に満ちた酷薄な笑みを浮かべたまま、悠然と二人の獲物を見下ろし。呪文を悠々と完成させ、四体の遍在を地面に現した。 「クソッタレがッ! 二回負けただけじゃ懲りはせんのか? どんな魔法を使ったか知らんが、わざわざこのジョセフ・ジョースターにまた負けに来るとはなッ!」 あくまでワルドを挑発するような言葉を使うが、現状は痛いほど把握していた。 ジョセフが見上げたワルドは、右手で愛用の杖に似た杖を持ち、ロケットパンチで切り落とされたはずの左手で手綱を掴んでいた。 ち、と舌打ちしたジョセフは横に立つタバサに素早く視線をやる。 ジョセフの視線を受けたタバサは、一度だけ首を横に振った。 『魔法でこれだけ早くあのダメージを回復させることは可能か?』というジョセフの問いにタバサは『私の知っている限りでは存在しない』と答えた。 戦うにしてもジョセフの背には意識を失ったウェールズがおぶられ、逃げるにしてもグリフォンに乗った風のスクウェアメイジから逃げ切らなければならない。 しかも数分もすればニューカッスルの岬は崩落し、遥か下の地面に叩き付けられる。 シルフィードが駆け付ければ戦闘はともかく逃走に関して光は見える。しかしそれまで持ち堪えられるかは、非常に厳しい見解を示す他ない。 「――タバサ。シルフィードは、後どのくらいで着くか判るか」 端正な仮面めいた顔に珍しく焦りの表情を浮かべ、答えを返す。 「……急がせて二分」 「上出来じゃな。――もたせるぞ、タバサ、デルフリンガー」 無言でコクリと頷くタバサ。続けてデルフがこの絶望的な状況に似つかわしくない陽気な声で答えるのを聞きながら、ハーミットパープルでウェールズを背に負う。 「あいよ相棒ォ! なんか抜かれてみたら随分不利な状況じゃねぇか! 昨夜あれだけブッ飛ばしたあんちゃんがピンピンしてるたぁな! こいつぁ、おでれーた!」 相変わらずの軽口を飛ばしながらも、剣はううむと唸った。 「系統魔法じゃああれだけの回復はしねーよなぁ。なんだ、確かああいう事が出来たような何かがあったような気が……」 「魔法はわしとデルフが何とかする。タバサ、サポート頼む」 「了解」 短く答えてタバサはジョセフの後ろに立ち、鷲頭の幻獣に跨るワルドを見上げた。 勝利を確信した笑みを隠そうともしないワルドに、ジョセフはなおも不敵な笑みを浮かべると、声高に言い放った。 「こォのクソッタレがッ! 一昨日、昨日と二日続けてブッ飛ばされた大マヌケが今日わしに勝てるはずがないと思い知らせてやるッ!」 * ジョセフとタバサがワルドと相対したその時。 トリステインに向かうイーグル号の船尾に立つルイズは、遠のいていくアルビオンをじっと見つめていた。 フネに乗る直前、ウェールズの拉致計画をルイズ達に明かしたジョセフは、タバサとシルフィードをこの大詰めに連れて行った。使い魔との感覚の共有が出来ないルイズは、ただジョセフが計画を成功させて帰ってくるのを待つしか出来ない。 「……大丈夫よね、ジョセフ」 何度目かになるかも判らない呟きに、キュルケは多少の苦笑を混ぜてルイズを見やる。 「大丈夫よ、ダーリンだけじゃなくてタバサもいるんだから。間違いなく成功するわよ」 周囲に気取られないよう、耳打ちするように囁く。 「その通りだよミス・ヴァリエール。あの抜け目のないジョジョが最後の詰めで失敗するだなんて考えられるかい? もう少し自分の使い魔を信頼すべきだよ。僕がヴェルダンデに感じているくらいとまでは言わないけれど!」 そう言って膝の上に抱いているヴェルダンデにぎゅむと抱きつくギーシュ。 「……?」 しかし当のルイズは友人達の言葉を半ば聞き流し、左目を手の甲で擦った。 「……あれ、おかしいわ。何か目がヘンな感じ……」 「疲れてるのよ。昨夜だってみんな眠れてないし」 だが言葉を交わす間にも、ルイズの左目は空の青と雲の白ではない何かを映し出した。 「見える……私にも何か見えるわ!」 「何が見えるのよ。あら、もしかして感覚の共有が出来るようになったの?」 一般的な使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられる。ジョセフを召喚してからと言うもの、ちっともそんな感覚はなかった。 「そうね……これは、多分ジョセフの視界よ!」 残念ながらジョセフの聞いているものは聞こえないが、少なくとも今自分が見ているものではない何かが見える。 いきなり感覚の共有が出来るようになった理由は判らないものの、出来ると出来ないでは大きく話が変わってくる。 これで自分もまたメイジに一歩近付いた、と内心の喜びを出来るだけ顔に出さないようにしながらも、今ジョセフは何を見ているのかに意識を集中させていった。 しかし、ルイズの左目が映し出す光景は、信じ難いものだった。 何故ならそこに映っているのは、あの救い難い裏切り者であるワルドがグリフォンに跨っている姿だったのだから。 「な……何よ、これ……」 呆然と呟くルイズの声に、様子がおかしいと感じたキュルケが声を掛ける。 「どうしたのルイズ。何が見えるの?」 ワルドが駆るグリフォンが猛スピードで空から駆け下り、強靭な前脚から伸びる鉤爪が襲い来るのを間一髪かわすが、グリフォンは空で姿勢を整えて再び襲い掛かろうとしているのが見える。 気が付けばルイズは、キュルケとギーシュが必死に自分にしがみ付いているのを感じた。 「離して! 行かなくちゃ、ジョセフが、ジョセフがっ!」 「落ち着きたまえミス・ヴァリエール!」 「そうよ、アンタ自殺する気!?」 必死になって叫ぶ声に、ルイズは舷縁を乗り出そうとしていた自分にやっと気付いた。 ルイズは二人に向き直ると、何が起こっているのかまだ判らない顔の友人達に叫んだ。 「ワ……ワルドが! グリフォンに乗って、襲ってくるの! ああっ……!」 そう言う間も、グリフォンは休む間も与えず襲い掛かってくる。巨大な翼と胴体の間から垣間見えたワルドの表情は、信じられないほど歪んだ笑みを浮かべているのさえ見えた。 「……あの裏切り者が、ダーリンと戦ってるのね?」 恐慌に陥りかけているルイズの言葉から全てを察したキュルケは、瞬く間に表情を引き締めた。 崩壊した城の瓦礫が立ち昇らせる噴煙を一瞥したキュルケは、自らの中に残る精神力と状況を合わせて判断し、強く頷く。 「戻るわよミスタ・グラモン」 その言葉に、ギーシュは顔を青ざめさせた。 「ム……ムチャだ! 今からフライで行ったって間に合うかどうかすら……!」 「間に合うか間に合わないかはどうでもいいわ。間に合わせるのよ。無駄な問答は嫌いよ」 微熱の二つ名を持つ炎のメイジは、自らに纏う微熱の温度を上げていく。 「それともグラモン家は、親愛なる友人を仕方ないで見捨てて恥としないのかしら」 キュルケの言葉に、ギーシュはああ、と天を仰いだ。 「くそ! 死んだらツェルプストー家に化けて出てやる!」 「火のツェルプストーにアンデッドなんて怖いものではなくてよ、ギーシュ」 軽口を叩き合いながら、キュルケとギーシュはルイズを両脇から抱えるとフライの魔法を完成させ、フネから飛び出した。 * 安全な状況で仇敵を嬲り殺す。その状況を娯楽めいた愉悦で享受する。 魔法学院を出立してからただ三度の夜を越す間に、ワルドの精神はここまで歪んでいた。 否。確かに三度の夜は彼の精神に大きな湾曲を与えていたが、決定的な歪みが与えられたのは、今からたった数時間前のことだった。 ジョセフとの戦いで再起不能となったワルドは、ウェールズの指示により地下牢に入れられる事となった。だがゴーレムさえ一撃で粉砕する拳の連打を全身に浴びたその身体は『ただ息があるだけ』でしかなく、一切の処置を受けることもなかった。 結果、さしたる時間も置かずに彼は二十六年の短い生涯を閉じた。 そのままならば彼の死体は地下牢ごと崩落した城に巻き込まれてしまうはずだった。だが、そこに一人の蛇がやって来ることで彼は再び表舞台への復帰を余儀なくされた。 蛇は黒いローブに身を包み、一つの指輪を飾る手には一本の杖を持っていた。 爆破解体に勤しむメイジ達は彼女の姿を目にしていたにも拘わらず、その姿を不審と思うことすらない。彼女は『存在を不審に思われない』という効果を受けていたからだ。 その蛇はメイジ達や使い魔達やゴーレムが忙しなく作業を続ける城内をしばらく見て回ってから、おもむろに地下牢へ下りる階段を下りていく。 死体一つが転がる地下牢へ難なく侵入を果たした蛇は、死体の転がる牢の扉の前で指輪を翳すと短い呪文を吐き出した。 すると命の抜け落ちた無残な死体は、転寝から覚めるように身を起こす。 拳で打ち砕かれた全身は萎んだ風船に空気を入れるように治癒していき、切り落とされた左腕も切断面から噴き出るように生えてしまった。 「お目覚めかしら、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」 女が呟いた言葉に、蘇ったばかりのワルドは恭しく膝を突いた。 「申し訳ありません。与えられた任務を失敗してしまいました」 「構わないわ。今となってはそんな些事」 その蛇の名はシェフィールドと言った。 レコン・キスタ総司令官オリヴァー・クロムウェルの秘書である彼女は、何の感慨もない声でワルドに言葉を続ける。 「貴方はガンダールヴを愉しませなさい。それ以上は何もしなくてもいい。何も」 ワルドはその言葉に、何の不満も抱かない。 「了解しました」 「それともう一つ貴方に授けるものがあるの。こちらへ来なさい」 「喜んで」 ワルドが鉄格子の嵌められた小窓の前にやってくると、シェフィールドはその長くしなやかな指に一つの宝石を摘んでいた。 宝石を持つ指は一切の躊躇すら見せず、ワルドの左目を深く抉り込んだ。 しかし彼女の指が感じ取ったのは、眼球本来の硬質なゼラチンじみた不愉快な感触ではなく、夥しい藻や水草が絡む澱んだ沼地のような感触だった。 ワルドの左目に入り込んだ宝石は水に沈むように、左目と同化した。 「これであの方に貴方の見ている物を全てご覧頂ける。今行われている策が遂げられた後、貴方はあのガンダールヴを襲撃なさい。勝敗は問わないわ」 「畏まりました」 そして最後に、手に持った杖をゴミでも捨てるような手付きで牢の中に投げ捨てた。 「ではさようなら。ワルド子爵殿」 シェフィールドは一切後ろを振り返ろうともしない。今の興味は、ガンダールヴの実力を測ることとニューカッスル城に施されている爆破解体の結末に向けられている。 ガンダールヴにけしかける噛ませ犬にどのような興味を持てと言うのか。 地下牢を出たシェフィールドは、やはり来た時と同じく何人ものメイジ達と擦れ違いながらその存在を怪しまれる事もなく、ニューカッスル城を後にした。 最後に一つ、仕掛けた罠だけを残して。 * 彼女が仕掛けた罠はガンダールヴを翻弄する。 二回の敗戦を踏まえての三回目の交戦ともなれば、敗因を排除する事は容易い。 純粋な白兵戦では五分五分、メイジが持つ最大のアドバンテージである魔法は通用しない。ならば別の手を使えばいい。 ワルドにはグリフォンという非常に強力なアドバンテージがあった。 ただの馬に乗った騎兵でさえ、歩兵はほぼ太刀打ちできない。馬の持つ機動力はそのまま破壊力に変換されるからだ。 それが空を翔る幻獣ともなれば、歩兵に一切の抵抗は出来ないと言ってもいい。 普通に考えても、敵の武器の届かない所から適当に魔法なり飛び道具を使うなりすればいい。そうでなくとも高所から落下する攻撃の破壊力、三次元を自由自在に駆け巡る機動力。ただの馬とは比較にすらならない。 それに加えて四体の遍在が引っ切り無しに三人を攻め立てる。 そんな圧倒的不利の状況を、ジョセフとタバサはよく凌いでいた。 一撃でも掠れば致命傷になりかねないグリフォンの突撃を、ガンダールヴで強化されたジョセフの脚力とタバサの風魔法による加速が辛うじて回避を可能とさせていた。 だが回避するのが精一杯で、反撃するまでには至らない。 「どうしたガンダールヴ、貴様は神の盾だろう!? 逃げるのが上手だとは伝説に謳われてはいなかったはずだがな!」 「勝手に抜かしとれッ!」 ワルド本体に手を出す余裕はない。下手に地面を離れればグリフォンの餌食になることは判り切っている。 だが遍在達を倒す事は容易い。遍在の種は既に知れている。 ジョセフには最早「このジョセフ・ジョースターに同じ手を使うことは既に凡策だ」という決まり文句を言うつもりさえない。 一言の打ち合わせをすることもなく、ジョセフとタバサは最善手を取っていた。 魔法吸収能力を持つデルフを構えたジョセフが前に立ち、その後ろにピタリと付いたタバサが攻め手に回る陣形。 戦術としては実に単純。遍在が放つ魔法をデルフで吸収しながら接近し、魔法での防御も無効化される遍在にタバサが攻撃を仕掛ける。 言葉にすればたったこれだけの事だが、全くの打ち合わせもなくそれをやってのけるのはジョセフとタバサの戦闘経験の賜物だった。 ワルドは確かにスクウェアメイジではあったが、修羅場を潜り抜けた経験で言えばジョセフとタバサには足元に及ばないと言ってもいい。 戦いが始まって一分もしないうちに、二体の遍在がタバサの放つ風の刃で消滅した。 息を付かせる暇もなく襲い来るグリフォンも、ジョセフ、タバサ、デルフリンガーの三つの視点がある以上は決定的に不意をつける代物でもない。不注意で直撃を貰わないようにすれば何の問題もない。 「当たらなけりゃどうという事はない! というヤツじゃな!」 「そうそう当たるものでもない」 ジョセフとタバサは軽口を叩ける余裕を取り返していたが、シルフィードが到着しなければ決定的な不利は覆らない。 (くそったれがァ~~~~、シルフィードに王子様乗せたらギッタギタにしてやるッ!) 間もなく到着するシルフィードにウェールズを載せて身軽になれば、心置きなくグリフォン上のワルドに立ち向かえる。 風竜であるシルフィードの速度はグリフォンを凌駕する。だが今のワルドを置いて逃げれば後顧の憂いを丸ごと残すこととなる。 昨夜完全敗北させたはずなのに、傷の一つも負った様子もなく再び舞い戻ってくる事態。 波紋戦士であるジョセフには嫌と言うほど心当たりがある。吸血鬼や柱の男という存在は彼の頭脳からどうやっても消せはしない。 (波紋で倒せるかは判らんが……しかし今のヤツは危険ッ! ここで決着をつけねばなるまいッ!) 基本的にいい加減で怠け者でお調子者とは言え、他人に危害を加える存在を見逃して良しと出来る性格ではない。 しかし久方ぶりの肉体の濫用により呼吸が乱れてしまっている。身体に残っている波紋はあと一撃を叩き込む余裕はあるとは言え、無駄撃ちは許されない。 三人目の遍在を風の刃で斬り倒し、四人目の遍在の首をデルフリンガーが刎ねたその時。 「――来る」 タバサの小さな呟きの後、シルフィードが二人と相対するワルドの背後から全速力で近付いてくるのが見えた。 「よし! お遊びはここまで、ここからが大逆転タイムじゃなッ!」 背後から急接近する風竜は、幾らグリフォンと言えども阻めるものではない。 全くスピードを緩めず突っ込んでくるシルフィードにタイミングを合わせ、二人は完璧なタイミングで跳躍して飛び乗った。 水色の背の上にウェールズを寝かせ、左手にハーミットパープルを這わせると両手でデルフリンガーを握り直す。 たったこれだけの行動を終えるまでの僅かな時間で、全く飛行速度を殺すことのなかったシルフィードは岬の上から離脱していた。 「タバサ、ここでヤツと決着を付ける! アイツを見逃すのは……イヤァな予感がするんでなッ!」 ちらりとジョセフを見たタバサは、微かに走った逡巡の色を拭うように手綱を引いた。 短い付き合いではあるが、切羽詰った状況でジョセフが何の考えもなく行動する間抜けな事はしないとタバサは理解していた。 手綱に合わせて急旋回したシルフィードは、グリフォンへ向けて突き進んでいく。 「タバサ」 急速に互いの距離を縮めていく中、ジョセフは静かに言った。 「もしわしが失敗したら、王子様を連れて逃げてくれ」 「判った」 その返事を聞き届け、ジョセフは真正面にワルドを見据えた。 シルフィードに飛び乗られた時点で追撃を諦めていたワルドは、再び岬へと戻ってくる風竜を一瞥し、口端を歪ませた。 手に持った杖は既にエアニードルを絡ませている。ワルドも手綱を操り、向かってくる風竜へ向けてグリフォンを奔らせていく。 相対速度にして時速数百リーグにもなる超スピードの中、ジョセフは注意深くタイミングを計る。タバサも小さく呪文を唱える。 ジョセフがシルフィードの背を蹴り、空中に身を躍らせた瞬間、ニューカッスル城崩落の衝撃に耐え切れなくなった岬が、ゆっくりとアルビオンから切り離され、遥か下のハルケギニアへの落下を始めた。 自らの身一つでワルドへ飛び掛るジョセフの背に、タバサがエアハンマーの魔法を放つ。 当然攻撃の為ではなく、三千メイルの空を生身で飛ぶジョセフの背を後押しする為。 デルフリンガーの切っ先をワルドに向けたまま、互いの表情の変化が見える距離の中、先に仕掛けたのはジョセフだった。 「ハーミットパープルッッッ!!!」 左腕から、何本もの紫の茨が奔流となってワルドへ伸びる。 「笑わせるなガンダールヴ! 空は私の領域だ!」 風のスクウェアメイジであるワルドにとって、上下左右全てが風に満ちた空と言う空間で不利になる要素はないと言っていい。 この空中戦でワルドが空を飛ぶ鷲だとすれば、ジョセフは地を這う蛙程度でしかない。 迸る茨を巧みにグリフォンを操って回避し、魔力を帯びた風の渦で飛び狂う茨を切り払う。 「こぉのクソッタレがァーーーーーーーッッッ!!!」 この状況に置いて得意の罠を仕掛けることも出来ない。ジョセフにとって力押し一辺倒という戦法は下の下、ある意味彼にとって最も不得意な戦法と言うより他ない。 しかしスタンドもガンダールヴの肉体強化も、心の震えが強ければそれに比例して出力が強化される能力。 酷使に悲鳴を上げる身体の隅々から振り絞るように力を集め、更に茨を生み出していく。 そして一本の茨がワルドの左腕に絡み付いた瞬間、体内に残る波紋を一気に吐き出した。 「ブッ壊すほどシュートッ!! オーヴァドライブッッッ!!!」 茨を伝う波紋が疾走し、ワルドへと放たれる。 ワルドに届いた波紋は左腕を瞬時に爆裂させ、破壊する。劇的な破壊が波紋により起こった事実、それこそが、ジョセフの感じた予感が正しいと証明するものでしかなかった。 普通の人間に波紋を放ってもせいぜい電流が走る程度の影響しか与えられない。狙えば心臓を停止させられるだけのショックを与えられるが、肉体を破壊させるまでには至らない。 波紋でこれほど効果的な破壊が起こせるのは、吸血鬼か、柱の男か。 少なくとも、今のワルドは太陽のエネルギーに酷似した正の力が毒となる存在だという事である。後は走る波紋がワルドの全身を駆け巡り、彼の肉体を破壊しつくすのみ―― 「そうはさせるかァァァァッ!!」 左腕を破壊した波紋が全身に伝わろうとする刹那、ワルドは僅かな躊躇さえ見せず左肩を自らの杖で貫き、打ち砕いた。 「何ッ!?」 自分の左腕ごと波紋を切り離したワルドの行動に、さしものジョセフも虚を突かれた。 構えたデルフリンガーで突きを繰り出す動作に移るのに、僅かな……本当に僅かな隙が生まれてしまった。 勝利を確信したワルドの邪悪な笑みを、ジョセフは確かに目撃した。 「私の魔法は貴様には届かない……だが、自然の風ならばどうなのかなガンダールヴ!」 その言葉がジョセフの耳に届いた瞬間、ジョセフの身体はグリフォンが一際大きくはためかせた翼に起こされた突風で弾き飛ばされた。 「うおおッッ!!?」 この場に吹き荒れる風の流れを知り尽くすワルドにとって、自然の風にどう影響を及ぼせば自分の望み得る結果を生み出せるかは、正に手足を動かすのと同じレベルの話。 空中で完全に体勢を崩されたガンダールヴは、正に鷲の前の蛙同然だった。 グリフォンは主の思い通りに空を走り、獲物目掛けて前脚を振りかざし――狙い違わず、ジョセフの胴体に獣の力強い一撃を叩き込んだ。 「ぐうッ――」 ハーミットパープルに残りの波紋を注ぎ込んでしまったジョセフには、最早防御に回せる波紋すら残っていなかった。 胸から脇腹にかけて大きく刻まれた爪痕と口から大きな血飛沫を撒き散らしながら、ジョセフは重力に引かれて先に落ちて行ったニューカッスル岬の後を追うこととなった。 落ちていく中、ジョセフはまたも有り得ないものを見た。 自ら打ち砕いた左腕が、あっという間に再生させるワルドの姿を。 「……ジョセフ……」 見る見るうちに白い雲の合間へ落ちていくジョセフ。しかしタバサはジョセフを追い掛ける事もせず、シルフィードを全速力でこの場から離れさせる。 魔法を吸収できるデルフリンガーを操るジョセフがいない今、シルフィードとグリフォンという乗騎の性能差があるとは言え、肝心のメイジの能力には著しい差がある。 休息もろくに取れていないトライアングルメイジと、正体不明の能力を携えて戻ってきたスクウェアメイジ。 勝ち目も無いのに感情に任せて突き進む愚を、タバサは短い人生の中で理解していた。 だが彼女の中では忸怩たる思いがある。それは手が白くなるほど引き絞られた手綱が証明していた。 タバサが持つ数ある目的に近付く為の不可思議な力だけでなく、様々な卓越した能力を持つジョセフ。ここで彼を失うのは痛恨ではあるが、ここで自分が死んでしまっては元も子もない。 今の手持ちのカードでは決して勝ち目は無いが、せめて何か勝ち目の見えるカードがあれば再びワルドに立ち向かい、ジョセフを救出に向かう事に恐れは無い。 「せめて……せめて何か手立てが……」 ぎり、と歯噛みするタバサ。不意にシルフィードが大きな声で叫んだ。 「お姉様! 前を見るのね!」 竜の口から聞こえた言葉に前を見れば、そこにはキュルケとギーシュに抱えられてこちらへ飛んでくるルイズの姿があった。 彼女の姿を認めた瞬間、タバサはシルフィードに命じた。 「三人を乗せたら急いで反転。反撃に向かう」 To Be Contined →
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ジョセフ達は一路ニューカッスルへと向かうことになった。 鋸の歯のようなアルビオンの海岸線に沿い、なおかつ雲に隠れての航海だというのに、その身を隠したイーグル号は全く危なげなく進んでいくことにジョセフは感心した。 やがて三時間ほど経つと、大陸から大きく突き出た岬が見え、その突端には高く立派な城が聳えていた。 「あれがニューカッスル城ですかな」 「その通り。あれが我がアルビオン王国最後の城砦、ニューカッスル城だ」 後甲板で空に浮かぶ光景を眺めていたジョセフの質問に、大使一行と世間話に興じていたウェールズが答える。 ちなみにウェールズに言い寄ったキュルケは、『私には心に決めた人がいる』とあっさり断わられたので再びジョセフに接近し、ルイズの怒りを煽ったのは言うまでも無い。 だがイーグル号はまっすぐニューカッスル城に向かわず、再び雲に隠れるように大陸の下側に潜り込んで行った。 ギーシュが首を傾げて質問した。 「何故城にまっすぐ向かわないのです?」 その言葉にウェールズが上を見上げれば、城の上空に戦艦が下りてくるのが見えた。 「制空権は取られているのでね。このイーグル号ではあのフネに太刀打ち出来ない」 「なるほど。ありゃー確かにデッケェですな」 掌を目の上に平行に翳して戦艦を見上げたジョセフが、感心したように言った。帆の高さや砲門の数からして段違いだ。 「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒達のものとなった今では『レキシントン』号と名前を変えている。奴等が初めて我等から勝利をもぎ取った戦地の名前を付けている。よほどの名誉と感じているようだ」 微笑を称えながらの説明を受けている間にも、レキシントン号は砲門を開き、ニューカッスル城に砲撃を加えていく。 「ああして時々嫌がらせのように大砲を撃ってくる。今ではあれも子守唄程度にしかならないがね」 レキシントン号の上にはドラゴンも数頭舞っている。 「見ての通り戦力の差は歴然、という奴だ。かの艦の備砲は両舷合わせて百八門、おまけに竜騎兵も積んでいる。当然我が艦があのような化物に敵う筈もないので、雲中を通り大陸の下から城に続く秘密の港に向かうという次第だ」 ウェールズの言葉通り、イーグル号は白い闇のような雲の中を何の苦もなく進んでいく。 「目隠ししながら航海しても大丈夫そうですわね、殿下」 卓越した航海術に感心したキュルケの言葉に、ウェールズは有難うと微笑んだ。 「これくらいのことは王立空軍なら出来て当然だが、貴族派の艦ではこうはいかない。あいつらは所詮、空を知らない無粋者さ」 ふぅん、とジョセフが横目でウェールズを見やる。 やがてイーグル号はマリー・ガラント号を曳航して秘密の港に到着した。 白い発光性の苔に覆われた鍾乳洞を改造して作り上げた港に停泊した船から、ジョセフ達はウェールズに付き従って城内の彼の居室へと向かう。キュルケとタバサは、船長室の例に倣って別室で待機である。 城の天守の一角にあるウェールズの部屋は、王子の部屋と言われても信じることが出来ない、屋根裏部屋そのものな部屋であった。あるのはベッドと椅子とテーブル、飾りと言えば戦の様子を描いたタペストリー。そのどれもが、平民が使うような粗末な代物だった。 ウェールズは机の引き出しから宝石箱を取り出し、中に入っていた一通の手紙を手に取り、名残惜しげな面持ちでキスをした。その時に、蓋の裏側にアンリエッタの肖像画が描かれているのが垣間見えた。 ウェールズから手紙を受け取り、代わりにアンリエッタからの手紙を差し出したルイズは、意を決して皇太子に戦況を聞いた。 ウェールズはただ事実のみを答える。ニューカッスル城に篭城する王軍の数三百に対し、ニューカッスル城を囲む貴族派の数、五万以上。ただ勇敢に討ち死にする様を見せ付けるしかない、と、三百の頂に座する皇太子は何の澱みもなく言ってのけた。 その言葉に、ルイズは走り出す胸の鼓動を抑えようと、大きく息を吸い込んでからウェールズになおも言葉を続ける。 手紙を自分に言付けた時のアンリエッタの様子、内蓋に描かれたアンリエッタの肖像、そして手紙にキスした時のウェールズの様子。それらを勘案すれば、よほど鈍感な人間でなければおおよその事情は理解できた。 アンリエッタ王女とウェールズ皇太子は恋仲だったのではないか、という質問に、ウェールズは多少悩んでから、答えを返した。「恋文だ」と。 彼の言葉に、外野の人間が約一名、この旅二度目の絶望に打ちひしがれた。 四百エキューを失い、憧れの姫殿下の心が亡国の皇太子のものであったことを認めざるを得なくなったギーシュは、絶望のドン底に掘られていた落とし穴に己の心が落ちていくのを感じていた。 「ああああ……姫殿下、姫殿下が……そんな……」 船長室と同じように……いや、もしかすればあの時よりもっと深く打ちひしがれた彼は、ただ両手両膝を床について倒れ伏してしまわないギリギリで踏みとどまっていた。 「……御老人。今度は一体何を賭けていたのかね」 「今度は何も賭けておりません。私事でしょうな」 多少呆れながらも、ジョセフはしれっとウェールズに言葉を返した。 絶望の世界に旅立ってしまった約一名を放置したまま、皇太子と大使の攻防が再開される。 恋文には始祖ブリミルに永遠の愛を誓った文面が記されているが、始祖に誓う愛は婚姻の際に誓うものでなければならない。もしこの手紙がゲルマニア皇室に渡れば重婚の罪を犯した姫との婚約を取り消す事になるのは火を見るより明らかである。 だがそのような手紙を取り交わした仲であり、かつ互いに今も想い合っている二人を、目の前で別れさせてしまうことはルイズには到底看過出来る問題ではなかった。 懸命に亡命を勧めるルイズは、見かねたワルドが肩に手を置いて制止しようとするのも構わずにウェールズへ詰め寄る。 けれどウェールズは微笑みを浮かべてルイズの懇願を受け流す。 かの手紙に亡命を勧めた一節があるはず、愛するアンリエッタ王女殿下の頼みを聞き届けてくれと食い下がる言葉に、やっとウェールズの微笑みに陰が差した。 だがそこまでだった。ウェールズはそっと首を横に振っただけだった。 「――私は王族だ。嘘はつかない。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれておらぬ」 苦しげに言うウェールズの口ぶりは、ジョセフならずともルイズの指摘が当たっていたことが判るものだった。 ただ黙って事の成り行きを眺めているジョセフの存在さえも忘れ、ウェールズをひたすらに見つめるルイズだったが、彼の意思がどうしようもなく固いのは変えようのない事実。 トリステインの王宮貴族達に、アンリエッタが情に流される小娘だと思わせたくないのだと、思った。 ウェールズは潤んだ目で自分を見上げるルイズの肩を叩く。 「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直でまっすぐでいい目をしている」 悲しげに俯くルイズに、ウェールズは優しく微笑んだ。 「忠告しよう。その様に正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい。しかしながら、亡国への大使としては適任だろう。明日に滅ぶ政府は名誉以外に守るものが他にないのだから」 優しげな笑みのままウェールズは、机の上に置かれた、水が張られた盆を見た。盆の上には針が載っており、形からしてどうやら時計のようであった。 「そろそろパーティの時間だ。君達は我らアルビオン王国が迎える最後の客だ。是非参加してもらいたい」 ジョセフ達は静かに部屋を退去する。 しかしワルド一人が何やら部屋に居残ったので、少年少女達の最後尾にいたジョセフはキュルケとタバサに目配せをし、足音を立てない後ろ歩きで扉の前まで戻って聞き耳を立てた。 途中からではあったが、ワルドが皇太子に何を語ったのかは把握できた。 明日、ルイズと結婚式を挙げるので媒酌人を務めて貰いたい、と。ウェールズはそれはめでたい話だ、と快く引き受け、ワルドがそれに恭しく感謝の意を示したところで、ジョセフはまたも足音を殺して扉の前を退去する。 一人天守から下りて行くジョセフの目には、ルイズには決して見せない怒りが渦巻いていた。 パーティが行われるホールに向かう途中の廊下で、ジョセフはルイズ達に問いかけた。 「さっき皇太子が言ってたよな、城の王党派は三百、それに対して城を囲む貴族派は五万とな」 ジョセフの言葉に、ルイズ達は軽く目をやって続きを促した。 「もしお前達が三百の兵が立てこもるこの城を落とすとしたら、用意する戦力はどれくらいだと思う」 突然の質問にルイズは不躾よ、と怒るが、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ワルドは思考を走らせた。 「少なくとも五万は用意しない。多くても五千だ。正直、五万も動かしたら戦費が……」 命を惜しむな名を惜しめ、を家訓とするグラモン家の四男であるギーシュの言葉には実感がこもっていた。 「五千だって多いわ。地理的な条件を考えたとしても、三千もあれば万全だわね。それに向こうにはレキシントン号があるんでしょう? 制空権を取った城を落とすだなんて赤子の手をひねるのと同じ話よ」 キュルケが続いて述べた言葉に、タバサが頭を振った。 「おそらく、貴族派はニューカッスル城にレキシントン号を使えない。だから五万の兵を用意せざるを得なかったと見るほうが正しいかもしれない。けれどただの示威行為である、という可能性も濃厚」 ワルドがそれに頷いた。 「いくら貴族派が圧倒的優位とは言え、王党派も幾らかは紛れ込んでいるはずだ。もし彼らがレキシントン号に乗っていたりすれば、重要な局面で手痛い打撃を受けることになるだろう。だから、あえて参戦させないという選択肢を取らざるを得ない」 「それにさっき皇太子が言ってたわね、王立空軍には出来る雲の中の航海が貴族派には出来ないって。兵の錬度が低くて、自信を持ってフネを使えないと見た方が正しいのかもしれないわ」 キュルケはイーグル号での会話を思い起こしながら呟いた。 「それに五万がメイジだと言う事は有り得ない。その多くが平民の傭兵だと考えられる。使い捨ての戦力を投入することに貴族派が躊躇するとは到底思えない。 もはや貴族派の勝利は動かないなら、王族を駆逐する最後の戦いを飾るに相応しい幕引きに五万の兵を動かし、かつ切り札である空軍戦力を温存する、と言うのが五万の兵の理由として考えられる。勝ちの決まったチェスで相手を好きに嬲るのと同じ」 いつになく多弁なタバサの考察に、全員が思い思いに沈黙した。 それ以上の思考に耽る者、考えたくもないと渋面を崩さない者、何を考えてるか傍目には判らせない者。 六人は沈黙を守ったまま、ホールへと辿り着いた。 To Be Contined →
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「うん。こりゃ無理じゃな」 昼下がりの厨房の片隅でシチューを飲み干して、ジョセフは二秒で言い切った。 ウェールズに言った通り、奇跡が二つか三つは用意できない限りトリステインはアルビオンの脅威を払拭できない。 孟子曰く、天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。 つまり天のもたらす幸運は地勢の有利さには敵わず、地勢の有利さは人心の団結に敵わないという事である。 今のトリステインには天の幸運も地勢の有利さも人心の団結もない。天地人三つで惨敗している以上、結構な数の都合のいい奇跡を用意しなければならないが、いくらジョセフでもそんな都合よく奇跡を用意できるわけではない。 それでも一応、大言壮語を吐いてしまった以上は何かしら奇跡が用意できないか、と情報を集めてみることにした。 アルビオンの地理的条件やレコン・キスタ戦の顛末をウェールズに聞き、オスマンにトリステインや近隣諸国の情報を聞いてみた結果の答えが、冒頭の言葉に繋がる。 「そもそも敵の国が空の上に浮かんでるって時点で反則じゃよなあ。制空権取られて勝てる戦争なんてあるワケないじゃろーよ」 空に浮かぶアルビオンはハルケギニア一の隻数を誇る飛行艦隊に加え、ハルケギニア最強とうたわれる竜騎士団を擁し、空軍戦力で言えば他の国の追随を許さない。しかもこっちからはただ渡航するだけでも日時を選ばなければならない。 「攻守共にパーペキ、じゃな。戦艦と戦闘機は性能も数も申し分なし。これで不意打ちなんか食らった日にゃ手も足も出ずにお手上げじゃ」 第二次世界大戦もベトナム戦争も、左手が義手のおかげで高見の見物を決め込んだジョセフである。太平洋戦争で日本を叩きのめした圧倒的な戦力差が、今になって自分の身に押しかかってくるとなると、流石のジョセフと言えども暗澹たる思いは否めない。 正直な所、異邦人丸出しのジョセフとしては黙って逃げても構わないとは思っている。しかしトリステインを襲うレコン・キスタに紳士的態度を期待できるほど盲目でもない。 「ふうむ。かくなる上は多少無茶な手を取るしかないかもな……じゃがそれってわしのキャラじゃないよーな気がするわい」 空になったシチューの皿をスプーンでこつこつやっていると、後ろから声を掛けられる。 「ジョセフさん、お替りいかがですか?」 「ああ、じゃあもう一杯」 シエスタに皿を差し出すと、花の咲くような笑顔が返って来た。 「はい、少々お待ち下さいね」 ぱたぱたと鍋に向かって走るシエスタの後姿を眺め、ヤレヤレと頭をかいた。 「……キャラじゃなくてもやらなきゃならんかもなァ」 独り言はジョセフだけにしか聞こえることはなく、それから少しばかり時間を置いて戻ってきたシエスタの手には、並々とシチューの注がれた皿と、ポットと二つのカップの乗ったお盆があった。 「お待たせしましたジョセフさん。とても珍しい品が手に入ったので……その、お御馳走しようと」 「珍しい品?」 シチューを見るが、さっき食べたシチューと変わりがないように思える。 「いえ、そっちではなくて。ロバ・アル・カリイエから運ばれた珍しいお茶なんです」 「茶?」 テーブルの上にお盆を置くと、ポットから二つのカップに緑色のお茶が注がれる。 日本でホリィが煎れた緑茶によく似た香りに、ジョセフの目が細まった。 「はい、どうぞ」 「うむ、ではいただくとするかな」 一口飲むと、少し渋い味が口の中に広がる。 「……ふむ。まさかこっちで緑茶を飲めるとは思わんかったな」 ふう、と吐息と一緒に漏れた言葉に、シエスタがきょとんと目を大きくした。 「ジョセフさん、このお茶を飲んだことがあるんですか?」 「ああ、わしの娘が嫁いだ国の茶じゃ。娘がよく煎れてくれた」 「ジョセフさんの娘さんは、東方におられるんですか……」 驚くシエスタを眺めつつ、ジョセフはカップに注がれた茶をぐっと飲み干した。 「うむ、美味い。ほら、シエスタも冷めんうちに飲んじまわんとな」 「え、あ、そうですね。それじゃ、頂きます」 シエスタも一口緑茶を飲んで、ちょっとだけ眉を顰めた。 「うーん……ちょっと、苦いような気がします。香りはいいんですけれど……」 「これはあれじゃよ、何か甘ぁ~い菓子と一緒に食べるとバランスがよくなるんじゃ。クッキーみたいな焼き菓子なんかいいんじゃないか」 「あ、今ジョセフさんいいこと言いました! 三時のおやつにはちょっと早いですけど、固焼きのクッキーがあったはずですから持ってきますね」 そう言ってまたぱたぱたと立ち上がったシエスタが持ってきた皿一杯のクッキーがテーブルに置かれ、しばらく二人で緑茶とクッキーの相性の良さに舌鼓を打つ。 「美味しい! クッキーの甘さがお茶の渋みを和らげて、お茶の渋みがクッキーの甘さを引き立ててるような!」 「ふむ、もうちょっと砂糖を多めに焼いてもいいかもしれんな」 二人の口の中にクッキーが早いペースで飛び込み、シチューの皿も再び空になったところでジョセフは満ち足りたお腹を撫でた。 「ふー、食った食った。いやいやシエスタ、ご馳走さん」 ジョセフの満面の笑顔に、シエスタはぼっと顔を赤くした。 「いえ、そんな……」 「今日は珍しいモンもご馳走になったから、なんかお礼をせにゃならんのォ。シエスタ、何か欲しい物があるならわしに用意できる範囲で用意するぞ」 ジョセフが若くて可愛らしい娘にいい顔するのは今に始まったことではない。シエスタはルイズやキュルケ、アンリエッタの洗練された薔薇のような美しさとはまた趣の異なる、野に咲く花の様な素朴な魅力がある。 黒髪黒目でちょっと鼻が低い面立ちは、日本の少女を思い起こさせる。 「えっと、じゃあ……ジョセフさんが住んでた国の事を聞かせてほしいです」 「わしの国か? そんくらいなら暇な時にいくらでも聞かせてもいいんじゃぞ」 「うふふ、お茶のお礼にジョセフさんのお話を独り占めさせて下さい」 にっこりと無邪気な笑みを見せられては、悪い気がするはずもない。 「よしよし、んじゃたっぷり話すとするか。そうじゃなあ、わしの国でバーベキューに誘われたら要注意という話を……」 その他に激辛の菓子を取引先の店主に渡した時の話や東方の牛肉がスゲエ話をし、厨房の片隅でメイドを思う存分爆笑させて満足した。 笑い過ぎてまなじりに浮かんだ涙を拭うと、シエスタはぺこりと頭を下げた。 「ありがとうございました、とても楽しかったです。ジョセフさんのお話、また聞かせてもらえますか?」 「そりゃあもう。わしの笑い話のストックは108くらいじゃすまんぞ?」 「もし宜しければ、今度は私がお料理作りますから、あの、その……」 もじもじと両手の指を絡ませて顔を赤らめながら、上目遣いでジョセフを見た。 「私と二人で食べてもらえたら、なんて……」 「わしでいいなら喜んで」 今日も今日とてシエスタの好感度を順調に積み上げて、ジョセフは厨房を後にした。 * 「うーんうーん……火……火……」 早々とネグリジェに着替え終わったルイズは、今夜もベッドの上で悩んでいた。 しかし今夜の悩みは使い魔のことではなく、アンリエッタの結婚式で詠み上げる詔を考える為の悩みだった。 トリステイン王室の伝統として、王族の結婚式では貴族から選ばれた巫女がトリステインの国宝である『始祖の祈祷書』を手に式の詔を詠み上げる慣わしとなっている。 アンリエッタは式の巫女にルイズを指名し、オスマンを通じて始祖の祈祷書をルイズに授けた。だが指名された巫女は、詠み上げる詔を考えなければならないと聞いたルイズは、内心役目を辞退したい気持ちで一杯になった。 ルイズは頭の出来は良好ではあったが、如何せん芸術的センスや文才に関しては残念なことに不自由と言わざるを得なかった。 四大系統の火、水、風、土に対する感謝の辞を詩的な言葉で韻を踏まなければならないという高いハードルの前に、ルイズは早速膝を屈しかけていた。 ノートには線を上書きされた文章のなり損ないが何ページも連なっており、ルイズの悪戦苦闘っぷりを雄弁に物語る。 「……うう、そんな事言われても……」 詩を読んであそこがダメだここがダメだとしたり顔で評論するのは簡単だが、こうやって作る立場になってみて初めて、詩人と言うのは偉大だと痛感していた。 しかし敬愛するアンリエッタが直々に自分を指名してくれた光栄を考えると逃げ出す訳にも行かず、頭から煙を出しかねない様子でウンウン唸る以外ないのだった。 「それにしても……国宝なのよね、コレ」 ルイズはもう一度『祈祷書』を最初から最後までめくってみる。古ぼけた革の装丁の表紙からして今にも破れそうで、羊皮紙のページも色あせて茶色く変色している。一枚めくる度に破いてしまわないように細心の注意を払わなければならない。 しかしそれにしても、三百ページあるその本は最初から最後まで全部白紙。六千年前に始祖ブリミルが神に祈りを捧げた時に唱えた呪文を記したものが『始祖の祈祷書』だという伝承が残っているが、それにしたって全部白紙と言うのはいかがなものか。 始祖ブリミルの伝説所縁の品物は、『伝説』の常として各地に何冊も存在している。伝説が本当だとすれば本物は一冊だけのはずだが、所持者は全員自分の祈祷書こそが本物だと声高らかに主張している。 アルビオン王室にも当然『始祖の祈祷書』が存在していた。ウェールズに中身はどんなものか聞いた所、ルーン文字でびっしりと埋め尽くされていたらしい。 それを考えたら、全部白紙だと言うのに祈祷書でございと言い切るトリステイン王室は大した度胸だと感心してしまった。 「……まあそれはさておいて。早いトコ考えなきゃならないのが巫女の辛いところだわ……」 再びノートに向けてペンを構えたその時。 「帰ったぞー」 風呂上りの能天気な使い魔の声に、慌てて祈祷書でノートを隠した。 「ん? なんじゃそれ」 「な、なんでもないわよ」 こそこそと祈祷書の下に隠したノートを枕の下に移そうとするのは意に介さず、ジョセフはルイズの頭を指差した。 「いや、なんでわしの帽子かぶっとるんじゃ」 帽子がトレードマークのジョセフでも、風呂に行く時は帽子を脱いで行く。部屋に置いたままの帽子がいつの間にかルイズの頭の上にあった。 しかし身長195cmのジョセフと153サントのルイズでは頭のサイズも二回りほど違う為、ジョセフなら眉毛の上辺りまでしか収まらない帽子が、ルイズがかぶると両目を覆い隠すくらいになっていた。 「……そこにあったから、なんとなく」 それだけ言って、両手で帽子のつばをつかんでぎゅっと下に引き下げた。 「じゃが部屋の中でかぶっても意味ないじゃろ?」 「……いいの」 そう言うと、帽子を取ろうともせずベッドに寝転んだ。 ジョセフもそのままベッドに歩み寄ると、遠慮なくベッドに寝転ぶ。 「……何勝手にご主人様のベッドに寝てるのよ」 「昨日ベッドで寝ていいって言われたからな」 やっとここで帽子を脱ぐと、大の字になるジョセフの顔へ帽子を乗せた。 乗せられた帽子を枕元に置くジョセフの腕に頭を乗せて、ルイズは赤く染まる顔で憎まれ口を叩く。 「……いいわ、忠誠には報いるところがなければならないもの」 そう言いながらランプに杖を振り、明かりを消した。 それからちょっとの間、ルイズはまだ落ち着かなさげに寝返りを打ったりするが、やがて呼吸が静かになっていき、すとん、と意識を手放した。 規則正しい寝息を立て始めたルイズの寝顔を見ながら、ジョセフは小さく溜息をついた。 「――キャラじゃなくてもやらなくちゃならんか、な」 口の端に薄い苦笑を浮かべ、桃色がかったブロンドの髪を優しく撫でてから、ジョセフも主人の後を追う様に眠った。 * ルイズ達がアルビオンから帰還して十日ほど過ぎた昼下がり。昼食を終えたジョセフは部屋に戻り、ベッドの上で昼寝を楽しんでいた。 ルイズの部屋にはさして物はなく、年頃の少女が住む部屋にしては少々殺風景だった。 この部屋の中で目を引く家具と言えば、天蓋付きの豪奢なベッド、一人分の衣装を収めるにはやや巨大なクローゼット、分厚い本で埋め尽くされた本棚。 他にあるものと言えば、クローゼットの横に引き出しの付いた小机があり、部屋の中央に丸い小さな木のテーブルと二脚の椅子、そして部屋の片隅に無造作に置かれたボロ毛布。 寮の一室にしてはかなり広い空間にそれくらいしか家具がないルイズの部屋は、まあ言ってみれば合理的で機能的と言うことも出来た。 掃除もハーミットパープルがあるし、洗濯も波紋式全自動洗濯ですぐに終わる。しかし主人が授業に行っている間の暇潰しに不自由することはない。 学院の探索は大体終わっているが、厨房に行けばマルトーやシエスタなどの使用人達と無駄話が出来るし、中庭に行けば日向ぼっこしている使い魔達と交流を深められる。ウェールズの部屋に行けば、かつてのアルビオンの情勢を事細かに聞くことが出来る。 しかし暇潰しの手段に事欠かないとは言え、腹も満足した上に初夏間近の陽気にやられて睡魔に襲われるのは致し方ない。 暢気にいびきをかいているジョセフを起こしたのは、扉をノックする音だった。 「……んぁ?」 気持ちよいまどろみから抜け出さないまま、寝ぼけ声で返事する。 「主人なら授業中じゃよ……」 そのまま再び眠りに戻ろうとしたジョセフに、少女の声が届いた。 「あ、あのジョセフさん! 私ですシエスタです!」 「ん? えー、あー……開いとるぞ」 寝ぼけたままのジョセフの声を聞いて、料理が大量に並んだ銀のお盆を持ったシエスタが部屋に入ってくる。 「んむ……どうしたんじゃ、何か用かな」 身を起こしながら目を擦りつつ帽子を被るジョセフに、シエスタはそばかすの浮いた頬を僅かに赤らめながら言葉を掛けた。 「あ、あの……実はですね、最近、マルトーさんにお料理の手ほどきをしてもらってるんですけど、その……もし良かったら、ジョセフさんに食べてもらいたいなって……」 所々言葉をつっかえたり視線をそこかしこに彷徨わせたりしながらも、お盆を持つシエスタの手は揺らがなかった。 「ふーむ。なかなか旨そうじゃがちょっとわし一人で食うには量が多すぎるかなァ」 最近は三食不自由しないジョセフである。厨房に行くのもちょっと小腹が空いた時に行くくらいで、本格的に食事を分けてもらう事も最近では少なくなっていた。 「あ……そうですね、ミス・ヴァリエールやお友達の皆さんと塔でお食事なされてますし……やだ、言われてみたらちょっと作りすぎちゃったかも……」 ウェールズが隠れ住む塔まで五人分の食事を運ぶのは使用人達の仕事の一つであり、シエスタもちょくちょく塔の入り口まで食事を運ぶこともある。しかし黒い琥珀に選ばれていないシエスタは入り口より上に入ることはないのだった。 張り切って作った料理に視線を落とし、肩も落としたシエスタにジョセフはニカリと笑って言葉を続けた。 「こーゆー時は逆に考える。わし一人で食うには量が多いなら、シエスタも一緒に食べりゃいいんじゃよ。な?」 落ち込んでいた顔へ、花開くように笑みが広がった。 「あ、それはいい考えです! それじゃ今からフォークとナイフ取ってきますね!」 「シエスタ、行く前に料理はテーブルに並べて行った方がええと思うぞ」 それから数分後、ジョセフとシエスタはフォークとナイフを手にし、小さなテーブルの上に所狭しと並べられた料理を向かい合わせになる形で挟んでいた。もうそろそろおやつの時間ではあるが、おやつというには本格的なボリュームのある食事である。 ジョセフがまず最初に目を向けたのは血の滴るようなTボーンステーキ。それもサーロインの方からナイフを入れていく。 大きく切り取った肉をこれまた大きく開いた口に入れ、数度噛み締めてから飲み込んだ。 「うむ、旨い! 焼き具合も肉の下ごしらえもバッチリじゃ!」 「わぁ、よかった! ジョセフさんの好物がTボーンステーキだって聞いてましたから、ちょっと頑張ってみたんです!」 「いやいや、これはマルトーの親父が焼いたって言われても疑ったり出来んぞ? どれ、他のも頂くとするか。シエスタもわしに遠慮せず食べてくれ」 そう言っている間にも、ジョセフは他の料理に取り掛かり、かなりのスピードで皿の上を片付けていく。 「うふふ……私が作った料理をそんなに美味しそうに食べてくれるのを見るだけで、満足しちゃいそうです。でも普段だとこんな立派な食事なんて食べれないですから、お言葉に甘えて食べちゃいます」 フライドチキンはフォークやナイフなんか使わずに直接手で持ってかぶりつく。油の付いた指まで舐めるジョセフの様子を、シエスタはスパゲティを取り分けながら嬉しそうに見つめていた。 「はいジョセフさん、このパスタは自信作なんですよ」 「お、こいつも旨そうじゃな。……ふむ、旨い!」 二人で食べようと言いながらも、結局テーブルの上の料理は八割ほどがジョセフが平らげてしまい、最後にデザートのクックベリーパイを残すのみとなった。 「ふー、いやホント旨かった。満足満足」 ワインを飲みながら、パイを切り分けるシエスタへ笑みを向けた。シエスタもジョセフの笑みにはにかみながら、パイをジョセフと自分の皿の上に乗せた。 「あんなに美味しそうに食べて貰えるなら作って良かったなあって思いました。で、その……もし、よかったら、でいいんですけど……」 「ん? またなんか愉快な話を聞きたいんならいくらでも話すぞ」 「あ、いえ……お話もいいんですけど、その……」 膝の上でもじもじと指を絡ませながら、落ち着かなさげに視線を彷徨わせるシエスタ。切り分けられた最初のピースをジョセフが飲み込んだ辺りで、シエスタは意を決して自分の分のパイが乗った皿をジョセフに指し示した。 「も……もし、よかったら……その、あーんってしてもらえたらなーって……。あ! お、お嫌だったらいいんです! ごめんなさい、変な事頼んじゃって私ったら……」 「おお、構わんぞ」 たっぷりと逡巡を繰り返したシエスタの葛藤が馬鹿らしくなるほど、あっさりとジョセフはシエスタの頼みを快諾した。 「そんなんでいいんならお安い御用じゃ。どれ」 あまりにスムーズに進んでいく話に一瞬呆気に取られてしまったシエスタの前から、ジョセフの手が皿を引き寄せる。 そしてフォークで小さく切り分けたパイを刺し、ニカリと笑ってシエスタへ差し出した。 「ほら、あーん」 ジョセフにとっては何気ないお遊び……というか、軽いおふざけレベルの所作だが、シエスタにとっては一世一代の決心とも言える出来事だった。 決闘騒ぎから後のジョセフは、学院で働く平民達にとっては貴族達に一泡吹かせて見せた英雄であり、特に貴族の暴虐から救われた張本人であるシエスタが特別な感情を抱くのは当然とも言える。 そんな相手が、にっこり笑って、あーん。 「え、えええええええあ、あの、心の準備が……!」 予想を上回った展開に慌てはするものの、シエスタとしても願ったり叶ったりのシチュエーションであることは間違いない。 真っ赤になった頬を両手で包み、すー、はー、と深呼吸をしてから、意を決する。 「……優しく、優しくお願いしますね、ジョセフさん」 まるで唇でも捧げるような面持ちで固く目をつぶると、あーん、と大きく口を開けた。 「そんなに身構えんでも大丈夫じゃぞ?」 ちょっと苦笑を浮かべながらも、フォークをシエスタの口へと運ぶ。 「はい口閉じてー」 「ん、む」 口を閉じて、フォークが抜かれて、口の中に残ったパイを、噛んで、噛んで、噛んで、よく噛んで、ゆっくり噛んで、飲み込む。 「…………」 「お味はいかがかな?」 「…………え、ええと」 顔を真っ赤にしたまま、上目遣いでジョセフを見た。 「……もう、一回、お願いします……」 「よしよし」 再びパイが刺さったフォークを、シエスタが口にくわえた瞬間――授業を終えて帰ってきた部屋の主がドアを開けた。 「おうルイズ、お帰り」 暢気に声を出せたのはジョセフだけだった。 ルイズは部屋に戻ってくるなり見えてしまった光景に、無意識に目を見開いていた。 シエスタは、扉の開いた音にふと向けた視線が捕らえたルイズの姿に、少女の直感が閃いていた。これは、まずい、と。 何をどうしなければならないか考えるよりも早く、シエスタは首を静かに後ろに動かして口にくわえられたままのフォークを抜き、必要最低限の咀嚼でパイを飲み込んだ。 パイが喉を通過するのを感じながら、シエスタは自分にクイズを出した。 (問題です! 今にも大爆発しそうなミス・ヴァリエールに御納得していただく方法は? 3択――ひとつだけ選びなさい。 答え1 キュートなシエスタは突如見事な弁明のアイデアがひらめく。 答え2 ジョセフさんが言いくるめてくれる。 答え3 ごまかせない。現実は非常である。 ……私が○をつけたいのは答え2ですが期待はできません……。 ここに来てのほほんとしているジョセフさんがあと数秒の間に都合よく今の危機的状況を把握して『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』の騎士様のように不貞の現場を目撃されたのに間一髪見事な弁舌で言いくるめてくれるってわけにはいきません……。 逆にジョセフさんが何を言っても火に油を注ぐ結果になるかもしれません) おなかにパイが落ちるまでの僅かな時間でそこまで判断を下したシエスタは、今にも滝のように流れ落ちそうな汗を必死のパッチで押し留めつつ、たおやかな微笑みを浮かべて口を開いた。 「――ジョセフさん、今日は本当に有難うございました。ちょっと余っちゃったからっていきなりこんなに料理を持ってきましたのに、全部食べて下さって……」 「ああいやいや、わざわざわしのために作ってくれたんじゃからな。ありがたく食べないとバチが当たるわい」 空気を読んでくれないジョセフの返事に、シエスタの全身からだくだくと汗が流れた。 せっかく『自分がジョセフのために頑張った手作り料理』という点をはぐらかし、『作り過ぎて余ったから食べてくれそうな人に持ってきましたよ』という流れに持っていったのに、当のジョセフがこれ以上ないくらいにぶっちゃけてしまった。 しかも、それだけでは飽き足らず。 『シエスタの口に入ったフォークで』『自分の分のパイを切り分けて』『食べた』。 俗に言う間接キス。 ラブコメの必勝形である。 これがほんの一分前に起こっていたら、シエスタの胸は甘いときめきで満ち溢れていたのは間違いない。 だがこの状況に置いてジョセフのこの行動は、破滅への道を突き進むスイッチでしかなかった。 あと数秒で大爆発するであろうルイズには目もくれず、普段から培われたメイドの技術を完全解放してテーブルの上の皿を目にも留まらぬ早業で盆の上に乗せてしまうと、わなわなと肩を震わせ始めたルイズに一礼して駆け足に限りなく近い早足で部屋を脱出した。 「おーいシエスタ、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」 事ここに至ってもまだ、ジョセフは事態の重大さにこれっぽっちも気付いていない。 テーブルの上は綺麗に片付けられ、ジョセフが持っているフォークだけが残っていた。 入り口で立ち尽くしたままのルイズの肩が少しずつ震え始め、段々と大きくなっていく。 やっとここに至って何かおかしいということに気付いたジョセフが、フォークをテーブルに置いてルイズへと歩み寄っていく。 「どーしたんじゃルイズや」 ジョセフが声を掛けても、ルイズは答えない。 俯いたまま、肩を震わせているだけだった。 「おい、ルイズ――」 訝しげな声と共にルイズの肩に伸ばした手を、ルイズは勢い良く振り払った。 「触らないでッ!!」 「なっ……お前、いきなり何を――」 唐突な反応に声を荒立てようとしたジョセフの言葉が不意に途切れた。 俯いたルイズの頬を伝った涙の粒が、床に落ちたのを見たからだ。 「……出てってよ! あ、あんたなんかっ、あんたなんかっ……もうクビよッ!! どこにでもっ……どこにでも、勝手に、行っちゃえばいいんだわ!!」 そう言う間にも、涙の粒は次々と床に落ちて弾けていく。 しゃくり上げながらもただ拒絶の言葉だけを告げるルイズに、ジョセフは小さく溜息をついた。 「……ご主人様がそう言うんなら、しゃーないな」 部屋の隅に立てかけていたデルフリンガーを腰にぶら下げると、泣いているルイズの横を通り過ぎて部屋を出て行き、後ろ手にドアを閉めた。 閉じられたドアを涙で滲む目で睨みつけていたルイズは、遠ざかって行く足音が聞こえなくなってから、テーブルへとキッと視線を走らせた。 そこにあるのは、今しがたまでジョセフが持っていたフォーク。 荒々しい足音を立てながらテーブルに近付いたルイズはフォークをつかむと、叩きつけるように床へフォークを投げ捨てる。 それだけでは飽き足らず、澄んだ音を立てて床をはねるフォークへ力任せに杖を振り上げ、爆破した。 フォークが跡形もなく爆破されたのを確認しようともせずに早足でベッドに向かうと、枕に顔を埋めて、更に泣いた。 ただ悲しかった。ただ泣きたかった。 自分でもどうしてこんなに感情が昂ぶっているのか、少しも理解できない。 ただ、ジョセフがメイドと仲良さそうにしていて、メイドにあーんとしたフォークでパイを食べたのを目撃しただけだ。たったそれだけのことなのに、ルイズの中からは止め処なく悲しさばかりが溢れ続けていた。 何故こんなに悲しいのか理解できない。けれど、どうしようもなく悲しかった。 泣けば泣くほど泣くのは止まらなくなり、涙が出なくなっても嗚咽が止まろうともしない。 涙で湿った枕に顔を突っ伏したまま、泣き疲れたルイズはいつしか気を失うように眠ってしまっていた。 二つの月が鮮やかに輝く頃になった頃、ルイズはやっと目を覚ました。 眠気でぼやけた目で、広いベッドを見渡し――この部屋に一人きりであることをもう一度確認して……再び泣いた。 To Be Contined →
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ミス・ロングビルは手鏡を見つめていた。 手鏡に映るのは自分の姿ではなく、トリスティン魔法学院の廊下、それも女子寮の廊下だ。 一通り見終わると、今度はルイズの部屋が映し出される。 理由は分からないがルイズの部屋には誰もいない。 ロングビルは手鏡を懐にしまうと、サイレントの魔法で足音と扉の音を消しながら、女子寮に向けて歩いていった。 ロングビルは、ルイズの部屋の扉に魔法が仕掛けられていないかを慎重に確認し、ドアを開けようとした。 だが、背後から扉の開く音が聞こえ、慌て手を引っ込めた。 「…ミス・ロングビル?な、何でこんな時間に」 開かれたのはキュルケの部屋、顔を出したのは、ネグリジェの上にマントを羽織ったキュルケだった。 幽霊騒ぎ以来、ルイズとタバサの二人を連れてトイレに行く習慣がついたキュルケは、予想外の人物が廊下にいたため、焦りを感じていた。 『微熱』どころか『情熱』とも呼ばれるキュルケは、生徒たちの嫉妬と羨望のまなざしを受けることを喜びに感じている。 しかし、もし目の前にいるロングビルに、『自分は一人でトイレに行けない女』などとバレてしまえば、キュルケのイメージを転落させる弱みを握られたことになる。 キュルケはかつて無い程に、頭を悩ませた。 しかし、ミス・ロングビルもまた、不味いところを見られたと言わんばかりに狼狽えていた。 オールド・オスマンの秘書であるロングビルが、魔法の手鏡でルイズの部屋をのぞき見したり、夜中に忍び込むなどという行為は、明らかに職権の乱用だった。 そもそも国内外から貴族の子供を集めた学院では、授業こそ非常に高度であり、しかも厳しいが、生徒の私生活にふれることはある種のタブーだ。 全寮制の教育機関ではあるが、何らかの規則に違反した者がいない限り、教師も学生寮にはあまり入らない。 それについてオールド・オスマンは『生徒の自主性を尊重する』という教育方針だと説明することが多い。 実際は、自堕落な生徒や、問題を起こす生徒を早々にあぶり出す『罠』であり、生徒の親が学校の規則を権力でねじ曲げようとする前に退学させる『罠』なのだ。 キュルケは『トイレに一人でいけない女』という弱みを見せずにどうやって誤魔化すかを考え、ロングビルに『生徒のプライバシー侵害』という弱みをどうやって誤魔化そうかと考えていた。 十分後、見つめあう二人を発見したタバサが 『ルイズは夜中一人でトイレに行くことが出来ない』 と説明することで、キュルケは難を逃れることになる。 「処分しておけ」 「はい」 地下牢から出ると、モット伯はルイズを捕まえたメイジに命令した。 処分しろ、ということは、モット伯はあの二人への興味を失ったのだろう。 グレーのマントを身にまとったメイジは、命令を頭の中で反芻しつつ、静かにため息をついた。 「静かだな」 地下牢に降りたメイジが、素直な感想を呟く。 モット伯の希望した通り、オークに嬲り殺されたのだろうか、それとも二人とも気絶したのだろうか。それを確認するため牢屋の明かりを灯す。 ルイズの入っていた牢屋の奥、鉄格子の向こう側で、オークが宙に浮いているのだ。 メキッ、メキッ、と、オークの首が見えない何かに締め付けられるように細くなっていく。 オークは鳴くこともできずに口から泡を吹き、白目をむいていた。 「オラァッ!」 ルイズの声と共に、オークの体が蛙のように飛び跳ね、天井にぶつかった。 メイジには多少混乱はあったが、数々の経験から、攻撃呪文で手当たり次第を攻撃するしかないと判断した。 ウインド・カッターの魔法で、鉄格子の隙間から風の刃をぶち込み、牢屋の中にいる者をすべて切り刻もうとした。 しかし、杖を持った右手に激痛が走り、杖を落としてしまった。 「っ!な…」 右手を見ると、手の甲に突き刺さった牢屋の鍵が、手のひらまで貫通している。 よそ見をする間もなく、ベキベキと音を立てて鉄格子が開かれる。 開くと言っても扉ではなく、鉄格子の隙間が力づくで開かれているのだ、メイジは悲鳴を上げそうになったが、慌てて杖を拾い階段を駆け上がった。 牢屋から、長い髪の毛を心底邪魔そうにかき上げつつ、ルイズが姿を表した。 ルイズは隣の牢屋を見ると、牢屋に向けて手を向ける。 何かを引っ張るように手を振ると、それに併せて鉄格子が根本から引きちぎられていった。 ルイズは鉄格子の隙間から牢屋に入ると、気絶しているシエスタを担ぎ上げようとしたが、体力のないルイズではシエスタを担ぎ上げることはできない。 「…やれやれ」 ルイズが小さく呟くと、シエスタの体は宙に浮き、ルイズの背中に乗せられた。 バタン!と音を立てて開かれた扉は、モット伯私室の扉、そこにはモット伯と、服を脱ごうとしている10歳ぐらいの少女がいた。 「な、何だね!」 「すぐにお逃げ下さい!」 モット伯は男の無礼をとがめようとしたが、男が右手から血を流しているのを見て、考えを変えた。 グレーのマントを羽織るこのメイジは、モット伯に長年仕えている。 特に汚れ仕事は任せることも多く、信頼も厚い。 その男が負傷し、血相を変えて飛び込んできたのだ、彼の態度がかつて無い緊急事態であることを告げていた。 モット伯はベッドの脇に置かれたバッグを掴むと、杖を振って壁の絵画を回転させた。 すると額の下の壁がゴゴゴと音を立て、隠し扉が開く。 狭い入り口に頭をぶつける程慌てながら、モット伯は隠し通路の中へと入っていった。 服を脱ごうとしていた使用人の少女は、何がなんだか分からず狼狽えていた。 メイジは使用人に「君も逃げなさい」と告げて、モット伯の部屋の扉を閉めた。 廊下の奥から危険な気配が近づいてくる。 牢屋に通じる階段から、恐るべき『気配』が近づいてくる。 風のトライアングルであるメイジは、地下牢への通路を塞ぐため、エアハンマーで通路の周囲を破壊する。 壁や天井から落ちる石材が、地下牢へと続く階段に降り注ぎ、階段を埋めてしまう。 少しは時間が稼げるかと思いこんだメイジの目の前で、轟音と共に石で出来た床が吹き飛んだ。 爆発後のような煙が立ちこめる通路の中、メイジは、煙の向こうにいる人影に気づき、冷や汗を流した。 煙の奥から見える人影は、少女のもの。 しかし風が伝えてくる情報は『オークとは違う種類の亜人』だった。 大きさは2メイル(m)、強靱な筋肉に包まれ、長い頭髪を無造作に流している。 それだけなら人間と同じだが、風を通して伝わる『迫力』は、およそ人間のものとは思えなかった。 だからメイジは『亜人』と判断したのだ。 地下牢でオークを持ち上げて天井にぶつけた存在も、床を砕いて地下から出てきたのも、その『亜人』が行ったのだろう。 だとしたら『亜人』は、あの少女の使い魔なのか? とにかく、今は魔法で時間を稼ぐしかない、そう考えたメイジの目の前に、人間よりも二回りは大きい煉瓦の固まりが飛んできた。 とっさに詠唱中のエアハンマーを自分に当て、体を吹き飛ばす。 全身に強い衝撃が走るが、煉瓦の固まりが衝突するよりはずっとマシだ。 メイジは足をふらつかせながら着地すると、廊下の窓に向けてマジックアローを放ち、窓を砕く。 続けてウインドブレイクの魔法を放ち、ガラス片を土煙の向こうにいるルイズに向けて飛ばした。 ルイズは、突風と共に襲い来るガラス片を見て、巨大なタンカーの中でも似たような事があったなと思い出した。 「スタープラチナ!」 ルイズの声と共に、筋肉の鎧に包まれた青白い肌の戦士『スタープラチナ』が現れる。 グレーのマントを身につけたメイジには、陽炎のように空間が揺らめいた程度にしか見えなかったが、風がその存在感を伝えた。 「オラァッ!」 ルイズの声に反応するかのように、スタープラチナは恐るべき速度でルイズの周囲に連続して拳を放つ。 シュバババババババババババ、と風を切る音が聞こえ、次の瞬間には宙を舞うガラス片がすべてスタープラチナの手に握られていた。 メイジの混乱はピークに達した、自分の魔法が全く通じない。 ふと、軍にいた当時、演習試合でマンティコア隊隊長と対決し、手も足も出なかった。 メイジは、完全に萎縮していた。 森の奥にある館から、爆音が聞こえ来るのが分かる。 タバサの使い魔シルフィードの背で、タバサ、キュルケ、ロングビルの三人は焦りを感じていた。 トイレの話題はルイズに押しつける事が出来たが、ロングビルがルイズの部屋を開けようとしていた事実は変わらない。 だが、ロングビルは事前に、ルイズがマルトーと何か話をしていたのを見ていたのだ。 ロングビルの持つ手鏡は『遠見の手鏡』というマジックアイテムだった。 オスマン氏から渡されたもので、不在の間に異常事態が起こった時にこれで調査しなさいと言われていたのだ。 とにかく、ルイズがどこに行ったのかを問いつめるために三人は料理長のマルトーの元へと赴いたのだ。 ちなみに、タバサとキュルケは何食わぬ顔でトイレに立ち寄った。 マルトーを問いつめ、ルイズが何処に行ったのかを聞いた三人は、予想以上の事態に驚いた。 「それで、ミス・ヴァリエールはモット伯の別荘に行くと、確かに言ったのね」 「は、はい、確かにその貴族の別荘へ行くと言ってました」 ロングビルは驚きを隠せなかった、典型的な貴族であるルイズが、メイドを助けに行ったなどと、にわかには信じられない。 キュルケとタバサは、ルイズが空を飛んだと聞いて、別の意味で驚いていた。 とにかく、ルイズの後を追わなければならない。 もしルイズがモット伯に喧嘩を売っていれば大問題になり…自分の給料も危ういのだから。 ルイズは、シエスタを背負ったまま、メイジと対峙していた。 距離は約五歩。 メイジは呪文を詠唱し、自分の周辺に強力なつむじ風を起こした。 ガラス片、石、廊下の絨毯、壁に掛けらた調度品、それらが渦を巻いている。 メイジは敗北を覚悟していたが、せめて時間稼ぎだけはすると決意していた。 不意に、ルイズが一歩足を進める。 それを合図にして、渦を巻く風が一直線にルイズへと襲いかかった。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ」 宙を舞う調度品や石が弾ける。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラァーーーーッ!」 すべての障害物をたたき落とした後、最後の障害物であるメイジを殴り飛ばし、メイジは近くの部屋の扉を破壊しながら吹っ飛んでいった。 「ゲブゥッ!?」 メイジは血まみれになった肺から、血を吐きだした。 ルイズはメイジに近づくと、手のひらより少し大きいぐらいの絵を見せた。 殴り飛ばしたメイジの懐から落ちたものだ。 「…! ぞ、ぞれはっ」 よほど大事なものなのか、絵を見たメイジは目を見開き、手を伸ばす。 「か、かえし、て、くれ」 「答えな…この絵の女は何だ、それと…おめー程のメイジが、なぜ主人に忠義を尽くす…?」 ルイズは絵を見せたまま質問する。 「…それは、娘、だ」 「人買いの真似をして、自分の娘の写真を返せってか?やれやれ…ずいぶん虫のいい話だ」 「も、モット伯は、昔は、本当に、身寄りの、無い、子供を、助けていたんだ…」 ゴホゴホと血を吐きつつ、メイジは話を続けた。 「俺は、実力で、軍に、抜擢、されたんだ…。だが、娘の病気を、治したくて、魔法薬を横流して、金を手に入れた…、 もちろんバレたよ…俺は、処刑確実だったから、逃げたんだ……傭兵になった俺のせいで娘を、人質に取られたんだ……娘は、人買いに買われ、モット伯の所へ売り込まれた…、 一人前のメイドになって、アルビオンの王族に、仕えることになった、娘を見て、うれしかった……だから。俺は恩返しをしようと思ったんだ、でも、モット伯は…ごホッ」 「おめーは、変わっていくモット伯を止められなかったって訳か…」 「そ、そうだ、だから…その絵が、残って…いると、娘に迷惑を…かける、だから、それを…焼き捨てて…くれ…」 ルイズは、近くに落ちていた杖と、絵を渡して、こう行った。 「ケジメは自分でつけな」 メイジは写真を懐に仕舞うと、ファイヤボールの魔法を唱えて火球を作り出す。 そして…微笑みながら、火球を自分に落とした。 燃えさかる火炎の中、メイジは満足したかのように、微笑みを浮かべていた。 「オメーは人買いの片棒を担いだ、それは決して許されねぇ」 ルイズは帽子を深く被り直そうとして、帽子のつばを探した。 「だが…娘は別だろうな」 手が宙をきり、帽子を被っていないことに気づいた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-12]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-14]]}
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ドスッ!! 「な・・・」 (くっ・・・ガキどもに紛れているとは・・・心臓をやられてしまったからリプレイできねぇ・・・ 後少し…後少しで…ボスの手がかりが掴めると言うのに・・・俺は・・・終り・・・か・・・) 死により意識が遠のく寸前、誰かの声が聞こえてきた 「まだやれるさ、アバッキオ」 「?なんでオレの名を・・・・・・・知っているんだ? ・・・あんたは・・・・!!そうだ!!あんたはッ!! あんたはオレがワイロを受け取ったせいで撃たれて殉職した・・・・・・・!! 」 「アバッキオ お前はりっぱにやったのだ。私が誇りに思うぐらいにね。そしてお前の真実に『向かおうとする意思』は あとの者たちが感じとってくれているさ 大切なのは・・・・そこなんだからな」 「・・・あぁ、だからこそ最後に俺がやるべき任務は終らせる、ムーディブルース!!」 バゴォッ!! (ボスの顔と指紋だ・・・後は・・・任せたぜブチャラティ・・・ジョ・・ル・・・・ノ) 新たな進むべき道を選択したブチャラティ達を水平線から消えるまで二人は佇んでいた。 「・・・もういいのか?アバッキオ」 「…ありがとうよ、あんたが俺を支えてくれたおかげで俺はあいつ等にボスの手がかりを渡す事ができた…」 「いや…私は何もしてないさ、私はただきっかけを与えただけに過ぎない」 「そうか・・・んじゃ行くか」 「あぁ・・・ん?何だこの鏡?」 「あん?」 突如殉職した警官の前に現れた銀鏡、それを見た瞬間俺の中で「これは…ヤバイ」とアラームがなった。 「下がれっ!!」 警官を掴み自分の後方に投げつけた瞬間、鏡は行き成り進路を変えアバッキオを飲み込むように包んでゆく。 「なっ、アバッキオ!」 「来るなっ!!あんたも巻き込まれるぞ!!…チッ、やっぱギャングだから地獄逝きだな…」 「アバッキォォオオオ!!」 そして無重力の空間かのように体の感覚がおかしくなり・・・俺の視界は闇に閉ざされた・・・ 空は晴天、風は特に無し。ピクニックにはちょうどよい天候であった。 そんな中、トリステイン魔法学院の2年生たちは各々が召喚・契約した使い魔たちを自慢しあっていた。 ……ただひとり、ルイズ・フランソワーズ(中略)・ヴァリエールを除いてだが… 少々頭が寂しくなってる頭を持つ中年の男性が本日最後の召喚儀式を行う者の名まえを読み上げた。 「ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 「はい!」 はきはきとした声でピンクの髪の少女が返事をした。 その声とは正反対に周りのギャラリーとしている少年少女たちは 「おっ、とうとうゼロのルイズの番だぜ!」「また爆発だろうな…」 「せっかく召喚した使い魔をすすだらけにしたくないから下がってよっと」 「逆に考えるんだ失敗しないルイズはルイズでは無いと」 …少女は少しこめかみをピクピクさせたが、すぐ気を取り直し呪文を唱えた。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン 「…またか…」「まぁ何時もどおりと言えばそれ以上でもそれ以下でもないな…」 「Oh,my god 僕の使い魔がすすだらけにぃぃぃいい」「もうここまで来ると…ブラボー!おお…ブラボー!!」 周りの少年少女達はルイズが魔法を使うと爆発が起こるという事を非常識を常識としていたので、 焦らず普段どおり嘲笑の言葉を次々と爆発の張本人に送っていった。 (…どうして…どうして爆発だけなのよォオオオ~~~~~~~~ッ!!) ルイズは心の中で絶叫していた。まいどまいどの事とは言え初歩の初歩であるサモン・サーヴァントにまで失敗 …成功率ほぼ100%と言われるこの呪文にまで失敗する…私は魔法が全く使えないの運命だろうか… と深淵の底まで落ち込みながら「死にたくなった。」と言う誰かの幻聴まで聞こえ出し、目の前をぼーぜんと見ていると、 ふと周りのギャラリーの「あれ…?何か煙の中にいる…?」とつぶやきが耳に入った。 爆風によって見えにくくなった視界だったが何かの影がある事に気づいたので、 目を凝視してみると段々と煙が晴れてきその影…いや人影が倒れていた。 何か卵の殻のような帽子を被っている。 煙が完全に晴れるとルイズはゆっくりとその人物に歩いて行き見下ろしてこう言った。 「あんただれ?」 「あんただれ?」 「あ・・・?・・・ここどこだ?天国・・・ってわけじゃなさそうだな」 目の前にはピンク色の髪をした少女ってかガキがいた。 周りを見渡すとローブを羽織った怪しいガキども、頭のてっぺんがつるつるな中年の男 そしてわけわからん生物…まるでナランチャがフーゴに読んでくれってねだっていたファンタジーって光景だな・・ (まぁ、フーゴが仕方なしに諦めて読もうとして「何でファンタジーって言いながらSFの本持ってくるんだよ! このど低脳がぁあああ」とプッツンしてた気もするが・・・) ガキがよく読む絵本のような光景が俺の前に広がっていた。 「質問に答えなさいよ!」 「うっせぇなぁ…ちったぁ落ち着けや、何なら茶飲むか?」 「へ…平民風情の分際で貴族にそんな物言いする気!!」 「貴族に平民だぁ?」 周りの空気と建物的にヨーロッパのどっかのド田舎って感じだと思ったが、貴族やら平民やら… 時代錯誤もここに極まりって奴だな・・・ 「ん?待てよ、何で俺生きてるんだ?」 さっき俺は死んだと思ったのに銀鏡に吸い込まれた事により生き返った…?新手のスタンド使いにしちゃ 殺意が無いうえに、何故俺を生き返らすんだ…?それとも…罠…にしてはここまで移動させる意味が無い… と俺が考えている間にピンク髪のガキは中年のおっさんの方に 「ミスタ・コルベール!」 「何だね?ミス・ヴァリエール」 「再召喚させt「ダメだ」 「・・・まさかあの平民と契やk「神聖な儀式だからやり直しは認めない」 「「・・・」」 ・・・何か知らんが口論は終ったようだ・・・ ピンク色の髪をしたガキは俺をかなり恨めしそうな目で睨んでいるが知ったこっちゃ無い。 「感謝しなさい、平民が貴族にこんなことされるなんて一生ないんだから」 そんなえらそうな態度で言われても感謝できねーっつの 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 反射的に体をねじらせピンク髪のガキのキスを避ける。 「何で逃げるのよ!」 「何でキスしようとするんだ!!」 「だってあたしが召喚した使い魔だから契約しないといけないんじゃない!!」 「あん?って事はお前が俺を呼び出したって事か?」 「そうよ!!だからおとなしk「分かった」 「聞き分けいいわね・・・んじゃ「何を言ってるんだ、俺は帰らせてもらうぜ」 「な・・・何で平民の分際で逆らうのよ、第一どうやって帰るのよ!!」 「こうやるんだよ、ムーディブルース!」 アバッキオは構わず自分の分身でルイズをリプレイし始めた。 「な・・・何よこれ!何で私がいるのよ!!説明しなさいよ!!理解不能!理解不能!!」 「説明する気はない、これでさっき俺を呼んだ鏡が出たらそこに飛び込む・・・それだけだ」 周りは突如二人に増えたルイズが居る事が理解できずに沈黙かルイズと同じように理解不能!理解不能!!と叫んでいる。 しかしコピールイズは構わず詠唱する。・・・だがアバッキオは一つのミスを犯していた。それは・・・ 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン ルイズが呪文を唱えると必ず爆発すると言う重大な欠点がある事を知らなかった・・・。 「なぁあああにぃいいいいい!!」 何の脈絡も無い爆発に思わずどこぞの吸血鬼のような発言をしてしまい、爆風に吹き飛ばされてしまった。 (ちっ、まさか爆発するとは、だが早くあの鏡に飛び込まなくてはブチャラティ達に追いつけなくなる。 何で生き返ったかはまだ理解できねぇが…戻ってから考えるか・・・) 速やかに脱出しようとしたが、後鏡まで1mと言う時点で何かが悲鳴をあげながら鏡からアバッキオ目掛けて飛んできた。 「どわぁああああ」 「チッ」 何とかジャンプに成功し、鏡から出た何かをかわし鏡に飛び込んだ・・・と思ったら もう・・・鏡は消えていた。 「クソッ、何だ今出たのは…」 振り返ると…青と白のパーカーを着たアジア系のガキ?がヘッドスライディングしてる…? 何か関わりたくないが一応起こすか、茶で気つけしてやりたいがここだとさすがに作るのはまずい。 本当ならケリ入れたいが・・・平手打ちで起こすか… 「お~ぃ起きろ~」ペシペシ 「うぅ・・・ん?ここどこだ?」 「ん~…一応あいつらの会話聞く限りトリスティンって所らしいが…ところでお前の名前は?」 「あっ、俺の名前は才人、平賀才人って言います」 あぁ、またここに被害者が追加されるとは何て運命・・・ マルコリヌ 2回目の爆発時にキュルケに盾代わりに使われ重傷 再起可能 ギーシュ 2回目の爆発時に気絶したモンモラシーを人工呼吸と言う名目で服を脱がそうとした所で モンモラシーの目が覚め袋叩きにされ重傷 再起可能 To Be Continued →...